さまざまなリスクが想定される製造業やシステム開発の現場において、リスクの低減に向けた取り組みは必要不可欠です。その中でも、フェイルセーフは多くの現場で取り入れられている一般的な手法といえるでしょう。フェイルセーフとは、機械やシステムに何らかのトラブルや故障が生じた際に、人的被害といった形でリスクが顕在化しないようにするための仕組みです。
本記事では、フェイルセーフの基本的な概念をはじめ、フェイルセーフの事例や導入のメリットとデメリット、検討する際のポイントなどについて解説します。
フェイルセーフとは?
まずは、フェイルセーフの定義や目的、類似概念であるフールプルーフとの違いや、昨今フェイルセーフが重要視されている背景などについて解説します。
フェイルセーフの定義や目的
フェイルセーフとは、機器やシステム故障のトラブルが発生した際に、人的被害を起こさないための仕組みです。フェイルセーフでは、機器やシステムがいつかは故障やトラブルを起こすことを前提としている点が大きな特徴です。
特に製造業やシステム開発の現場は、故障やシステムダウンによって生じる被害が大規模になる可能性が高いことから、フェイルセーフの導入実績が多くあります。また、エレベーターや自動車、信号機など事故の発生が人命に直結するものにもフェイルセーフの仕組みが設けられています。
フェイルセーフは事故による被害を最小限に抑え、安全性を高めることが主な目的ですが、事故発生時の早期復旧やシステムの可用性を確保する目的で実装されることもあります。
フールプルーフとの違い
フェイルセーフとフールプルーフは、機器やシステムの安全性や信頼性を高めるためのアプローチであるという点は共通していますが、フェイルセーフはシステムや機器が故障した場合でも安全な状態に移行することを目指す考え方です。
一方、フールプルーフは、ユーザーが誤った操作をしたり、誤った手順を踏んだ場合でも、システムが危険な状態に陥らないように設計する考え方です。例えば、車のATM(オートマチックトランスミッション)では、ドライバーがシフトレバーをパーキング位置に移動する際、先にブレーキを踏まなければ移動できない仕組みになっています。分かりやすいフールプルーフの例といえるでしょう。
なお、フェイルセーフとフールプルーフは現場によって異なるリスクや要件に対応するために、組み合わせて実装されることもあります。
フェイルセーフが重視される背景
フェイルセーフの考え方は、以下のような背景もあり近年重視されつつあります。
技術の進化とシステムの複雑化
技術の進歩により、システムはますます複雑化しています。クラウドコンピューティングやビッグデータなどの技術が普及したことにより、システムの規模やデータの扱い方が大幅に増加しているためです。
実際に、2025年に全世界で利用されるデジタルデータの量は2022年の2倍になるといわれています。扱うデータが多くなれば、従来の枠組みでは想定できないトラブルが発生することが予想されることから、よりフェイルセーフの重要性が高まるでしょう。
安全意識の高まり
近年、セキュリティに関する脅威やリスクが高まっており、個人情報や機密情報の漏洩、サイバー攻撃などが増加しています。2020年6月には、大手自動車メーカーがランサムウェアの被害を受け、操業停止を余儀なくされました。このように、何らかの事故によってビジネスが停止した際の損害は計り知れません。
そこで、企業や組織はシステムの安全性を確保するためにフェイルセーフを導入することが社会的な要請となっているのです。顧客や利害関係者からの信頼を維持するという観点でも、安全性と信頼性を重視する動きが強まっています。
マーケティング戦略
フェイルセーフの仕組みが実装された製品やシステムは、顧客視点では安心して使うことができます。顧客が信頼できると感じるサービスは、ブランドイメージの向上や口コミでの広がりにつながります。
また、万が一機器やシステムのトラブルが発生したとしても、フェイルセーフによって人的被害を防ぐことができれば、社会的信用が失墜するようなリスクは回避できるでしょう。
フェイルセーフの5つの事例
フェイルセーフは実際にはどのような場面で活用されているのでしょうか。ここでは、自動車などの身近な例を含め、代表的な事例をいくつか紹介します。
1. 自動車のブレーキシステム
自動車のブレーキシステムは、ブレーキが正常に機能しない場合に備えた設計が重要です。例えば、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)は、急ブレーキを踏んだ際に車輪がロックするのを防ぎ、ドライバーが車を制御できる状態にします。
他にも、 EBD(電子制御ブレーキシステム)やBA(ブレーキアシストシステム)なども導入されており、安全性が高められています。
2. 道路や鉄道の信号システム
道路や鉄道の信号システムでも、列車や車両同士の衝突や事故を防ぐためにフェイルセーフ設計が採用されています。
鉄道の信号システムでは、信号機が故障した場合に列車を停止させる安全装置などが当てはまるでしょう。道路の信号機も電力供給の故障や制御装置の異常に対応できるように、バックアップシステムを備えています。
3. 航空機のエンジン
航空機は事故が人命に直結することから、非常に高度なフェイルセーフ機能を備えています。エンジンが停止した場合でも、航空機が安全に飛行を続けられるように、複数の緊急時機能が組み込まれています。具体的には、エンジンの自動再始動機能やバックアップ電源システムなどが挙げられるでしょう。
4. 工場の自動化システム
工場の自動化システムは、現場に配置されている機器や産業用ロボットの安全性と信頼性が求められます。そのため、重要な機械部品には二重化されたセンサーや制御システムが採用され、想定外の故障やトラブルが発生した場合にも、人的被害を最小化できる仕組みが整備されています。
5. エレベーターシステム
エレベーターシステムでは、乗客の安全を確保するためにさまざまなフェイルセーフの仕組みが実装されています。例えば、エレベーターの制御装置には、異常が検知された場合にエレベーターを停止させるための安全回路が組み込まれています。
また、エレベーターシャフト内には緊急時に乗客を救出するための手動操作装置も設置されており、人的被害を最小限にする工夫がなされています。
フェイルセーフを導入するメリット・デメリット
フェイルセーフの仕組みを機器やシステムに導入することによって、多くのメリットを得られる一方で、フェイルセーフの設計や実装にはコストが発生するなどのデメリットもあります。
ここでは、フェイルセーフの導入におけるメリットとデメリットについて解説します。
フェイルセーフを導入するメリット
フェイルセーフを導入することによって得られるメリットは以下の通りです。
事故防止につながる
フェイルセーフは故障やトラブルが起こることを前提としつつも、それによって生じる被害を最小化するための仕組みです。そのため、仮に機器の故障やシステムダウンが起こったとしても安全な状態に戻すことで、人的な被害や事故を防止することができるでしょう。
例えば、車のブレーキにおいてフェイルセーフの仕組みが実装されている場合、何らかの理由でブレーキに異常が発生したとしても、別の手段で車を停止させることができます。
メンテナンスや修理コストを削減できる
フェイルセーフの導入によって、機器やシステムのメンテナンスや修理にかかる費用を削減することが期待できます。現場における機器やシステムのトラブルは人的ミスによって発生することもあるため、フェイルセーフの仕組みが実装されていることで、故障やシステムダウンのリスクを下げることが可能です。
フェイルセーフによって故障やトラブルの件数が減少すれば、中長期でのメンテナンスや修理のコストも下がっていくでしょう。
操作者の負担を軽減できる
機器やシステムにフェイルセーフの仕組みが組み込まれていれば、操作する人が事故を回避するための手順を覚える必要がなくなり、業務負担を軽減することができます。操作者に対する研修や指導も少なくできることから、教育コストという観点でも効率化が期待できるでしょう。
さらに、安全な運用や事故回避のスキルが属人化している場合、フェイルセーフの導入が人手不足の解消につながる可能性もあります。
フェイルセーフを導入するデメリット
フェイルセーフの導入にあたっては、以下のようなデメリットも存在します。
設計と実装のコストが発生する
フェイルセーフの設計と実装は、特定の製品やソフトウェアを導入することで実現できるものではなく、個々の現場によって異なる対応が求められます。そのため、現場へのヒアリングやそれに基づいた対策の検討などができる人材を確保しなければなりません。フェイルセーフの有識者については、社内で育成するか外部からの採用を行う必要がありますが、これには当然ながらコストがかかります。
また、既存のシステムや仕組みにフェイルセーフを実装する場合、新たな機器の導入やシステム改修が
必要となり、その規模によっては大きなコストが発生する可能性があります。
システム依存による安全意識の低下
高度なフェイルセーフの仕組みが機能している場合、現場の従業員は安心感を持って業務を進めることができます。しかし、その安心感が油断につながり、結果として大きな事故につながることも考えられます。
フェイルセーフは事故や故障を100%防止できるものではないことを現場の従業員にも理解してもらったうえで、安全に対する意識啓発や作業手順の徹底などソフト面での対策も必要になるでしょう。
制限による設計の柔軟性の低下
フェイルセーフによって安全性が向上する一方で、システム設計などの柔軟性が低下し、業務に悪影響を及ぼす可能性があります。例えば、サイバーセキュリティに対するフェイルセーフが講じられている場合、外部のアプリケーションの使用や顧客とのメールが制限され、業務の生産性に支障をきたすかもしれません。
フェイルセーフの設計において、安全性を高めることは重要ですが、フェイルセーフの実装によって実業務にどのような影響があるのかを見極めることも必要な取り組みといえるでしょう。
フェイルセーフを設計するときの3つのポイント
フェイルセーフの仕組みを有効に機能させるためには、設計時に以下の3つのポイントを意識することが大切です。
1. 危険源の領域を小さくする
フェイルセーフの設計にあたっては、危険源という考え方を理解することが重要です。危険源とは何らかのリスクをもたらす原因となるものを指します。具体的には、刃がむき出しになった裁断機などは直接的に人を傷つける危険源といえます。
また、サイバーセキュリティの観点ではウィルスに感染したファイルなども危険源に該当するでしょう。危険源はただ存在するだけでは被害をもたらさないことが多いですが、人間から危険源に対して何らかのアクションをした際にリスクが顕在化します。
そのため、人間は何らかのミスや不注意を起こすことを前提に、危険源を可能な限り小さくできるように考えることが重要です。製造現場においては、刃やプレスなど危険な部分には覆いをするといった対策が有効となります。
2. 100%の安全はないことを理解する
フェイルセーフの設計において、どれほど高度な対策を施したとしても100%の安全性を確保することはできないと理解しておきましょう。例えば、大規模なシステムの構築においてサーバーの冗長性や耐久性を確保したとしても、データセンターの障害などによってサーバーがダウンする可能性はあります。
フェイルセーフの対策を施すことはリスク管理の観点で重要です。しかし、それだけに留まらず実際にリスクが顕在化したときの復旧手順を検討しなければなりません。特に災害発生時のリスクは、フェイルセーフの仕組みだけでは対応しきれない場合があるため注意が必要です。
3. 作業者も含めてリスクの想定を行う
フェイルセーフを設計する際には、個々の現場が抱える事情を加味することが求められます。まずは、現場で働く作業者の意見を取り入れましょう。
もし、現場のリスクを把握できていない担当者がフェイルセーフの設計を行った場合、実際の危険源や人の動線を考慮しない形で検討が進んでしまいます。フェイルセーフの設計においては、検討の初期段階から現場の作業者を巻き込むなど、組織としての工夫も求められるのです。
フェイルセーフの実装には現場を巻き込んだ検討が重要
フェイルセーフは近年の社会的情勢や安全意識の高まりから、製品やシステムをリリースする際には欠かせない仕組みとなっていくでしょう。企業側の観点でも、安全性の向上、メンテナンスや教育コストの低減といったメリットがあります。
フェイルセーフを導入する際には、現場の意見を取り入れつつ組織的な取り組みとして推進することが大切です。広い視野を持って、設計と実装を進めていきましょう。
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