インダストリー5.0は、製造業の自動化などを意味する第4次産業革命(インダストリー4.0)の、さらに進化した形態を目指すものとして注目を集めています。人と機械の協調性を重視し、人間の特性を最大限に活かしながらテクノロジーの力で環境と社会を最適化するコンセプトとはどのようなものなのでしょうか。この記事では、インダストリー5.0の基本概念やそのビジョン、第4次産業革命との違いや今後の日本の在り方と展望について詳しく解説します。
目次
インダストリー5.0とは
はじめに、インダストリー5.0の概要と歴史を解説します。
インダストリー5.0の概要
近年、「インダストリー4.0(Industry 4.0)=第4次産業革命(産業競争力強化を目指すIT技術コンセプト)」に続く次のステップ(Next Industry 4.0)、すなわち「インダストリー5.0(Industry 5.0)=第5次産業革命」について議論が各国で行われています。
「インダストリー4.0」は産業競争力強化を目指すIT技術コンセプトでした。これに「持続可能性(サステナビリティまたはサステナブル)」「人間中心(ヒューマンセントリック)」「回復力(レジリエンスまたはレリジエント)」を付加コンセプトとして打ち出し、「持続可能な産業」の実現を目指すのがインダストリー5.0とされています。
「インダストリー(Industry)」は「産業、製造業」の意味で使われています。従来のIT技術、AIやIoT(情報通信技術)、ビッグデータの活用に加えAIを用いて産業構造を変革することがインダストリー4.0の目指すものでした。インダストリー5.0ではこのさらに上、人の認識とAI技術を複合し拡張させ、「人と機械の協働」がより高度にシームレスに行われるステージを表すコンセプトといえます。インダストリー5.0はさらに、「人間中心に」「持続可能な」社会を実現するための新たな産業革命とされています。
例えば欧州では、ドイツが2011年から推進してきた「インダストリー4.0」を受け継ぐ方針として、2019年に「2030 Vision for Industrie 4.0」を発表しています。欧州委員会が2021年に提唱した新しい産業革命の概念としての「インダストリー5.0」は、これを受けたものともいえます。
EU(ヨーロッパ連合)の行政機関。通称ヨーロッパ委員会
インダストリー5.0に至る近代産業革命の歴史
インダストリー1.0=第一次産業革命(18世紀半ば~)
水力や蒸気の力が導入され「産業の工業化」が進められた、世界最初の産業革命です。機械を用いた生産設備の活用により大量生産の流れが加速しました。
インダストリー2.0=第二次産業革命(19世紀後半から20世紀初頭~)
電気エネルギーを用い、ベルトコンベアーによる流れ作業での大量生産が可能になりました。
インダストリー3.0=第三次産業革命(20世紀半ばから後半~)
生産の自動化を進める電子機器とコンピュータの普及、ITの活用が始まりました。同時にグローバル化が始まったといえます。
インダストリー4.0=第四次産業革命(20世紀後半から現在~)
モノのインターネット、ロボット工学、AI(人工知能)の普及、サイバーフィジカルシステムの実現など。AIと人間の協働による産業の発展を進めたステージです。サイバーフィジカルシステムの概念はインダストリー5.0へも引き継がれさらに発展すると考えられます。
インダストリー5.0=第五次産業革命
スマートセルなど。「人間中心に」「持続可能な」社会を実現するための新たな産業革命とされています。
インダストリー5.0の3つの柱
インダストリー5.0では以下の3つが主に中心の指針として提唱されています。
・持続可能性(サステナビリティ)
・人間中心(ヒューマンセントリックス)
・回復力(レジリエンス)
各項目の詳細と具体例については以降で解説します。
諸外国の政策と動向
日本以外のインダストリー5.0の政策の推進について解説します。
欧州委員会の「industry5.0」とドイツの「2030 Vision for Industry 4.0」の関連
ドイツが2019年に発表した2030 Vision for Industrie 4.0は、もともとは産業や商業を対象としたドイツの国家戦略ですが、現在は欧州全体、さらにそれにとどまらずグローバル規模で影響を与え、インダストリー5.0のベースともなっています。
さらに「2030 Vision for Industrie 4.0」の内容を具体的に実現するものとして「Sustainable production: actively shaping the ecological transformation with Industrie 4.0」というレポートも発表されており、その中で「自律性(Autonomy)」「相互運用性(Interoperability)」「持続可能性(Sustainability)」を提唱しています。これはインダストリー5.0が提唱する3つの柱とは一部異なります。
・持続可能性(Sustainability)
経済だけでなく環境や社会構造の持続可能性を担保する
・自律性(Autonomy)
すべてのステークホルダーが自分の意思で公正な競争ができる自由を担保し支える
・相互運用性(Interoperability)
すべてのステークホルダーのネットワーク化とその形成を支援・形成する
ドイツや欧州委員会が「サステナビリティ」をインダストリー4.0においてすでに言及している背景には、以下の要因があるとされます。
- 近年の地球規模の気候変動、それによる災害の発生など深刻度の増大による経済や産業の影響
- IoT、AIなどの進化とグローバル化、さらに世界規模の感染症流行(コロナ禍)などを経て一般市民の「価値観」が変化しており、それがもたらすこれまでの企業活動やビジネスモデル構築の変化の重要性
これらが原因となり、現在は先進国を中心にサステナビリティやレジリエンスなどの新しい概念は企業のブランディングや市場における戦略にも必須であるとして広まっています。そしてその概念はインダストリー5.0へと引き継がれています。
アメリカと中国の第5次産業革命|環境配慮型政策とグリーン製造
アメリカではバイデン政権が環境配慮型、アメリカだけが良いという考えではなく全体利益とバランスを求める政策に傾いているとされます(ただし、大統領選挙の結果によっては今後進路変更があるかもしれません)。2021年4月にはドイツとのSustainable Manufacturing領域での連携も発表しました。ドイツの影響力の高まりが分かります。ほかにも広い範囲の国家や地域、分野での連携をドイツと欧州、アメリカで模索されています。
中国では「中国製造2025」においてグリーン製造業イニシアチブが発表されています。またサステナビリティ領域において世界を主導するとする姿勢を示しています。すでに第五次産業革命においてどこが世界をリードし基準を作れるか、競争が始まっています。
(参考)日本経済新聞「中国製造2025とは 重点10分野と23品目に力」
日本の推進する「Society5.0」
日本ではインダストリー5.0に相当するものとしてSociety5.0を打ち出しています。日本におけるSociety5.0について解説します。
Society 5.0とは
サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)
狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。
日本におけるSociety5.0は経済発展と社会的な課題の解決の両立、新たな価値の創造を提唱しています。「人間中心の社会(Society)」という点はインダストリー5.0の「人間中心」に相当します。
このSociety5.0は、欧州委員会のレポートによるとインダストリー5.0に先行するコンセプトとして評価されています。ドイツの提唱したインダストリー4.0の「持続可能性(Sustainability)」「自律性(Autonomy)」「相互運用性(Interoperability)」に影響がみられます。特に「人間中心」「社会の持続可能性」を提唱している点で発表された2016年当時から評価され注目を集めていたようです。
これは日本企業が従来から、近江商人の「三方よし」などに見られる「自社だけが儲かればよいのではなく、企業をとりまくステークホルダー全体が得をするような商売を行う。その方が全体が得をし、社会や市場全体の発展に継続的に貢献できる(=サステナビリティ)」という考え方が浸透していたことが、先行した概念として提唱できた理由と考えられます。
また日本の生産現場では自律的な気づきや判断、行動に従来から重きをおいてきた歴史があります。例えば雪の中で立ち往生と渋滞が起きた際、ヤマザキ製パンのトラックドライバーが自律的に(企業に連絡は入れられるときは行う)積み荷のパンを、同じく立ち往生して困っている周りの車の人々に配ることなどが挙げられるでしょう(=「自律性(Autonomy)」)。
2024年1月、羽田空港での日本航空機と自衛隊機の衝突事故において、競合である全日空その他の従業員などもいちはやく現場にかけつけ、避難した乗客の誘導などに尽力していたこと、飛行機事故による輸送の乱れで混乱が起こることを見越してJRが新幹線を(正月2日にもかかわらず)可能な限り増便したことなどもひとつの例といえます。
またインダストリー5.0の「回復力(レリジエンス)」は、災害大国日本において道路や線路の修繕、各企業の被害を受けた現場の他国では考えられない圧倒的な復旧スピードが該当すると考えられます。これらは日本がごく自然に行える動きであり、日本のもつ高い潜在能力、強みといえます。
一方で、従来の日本のやり方は属人化に傾いていた傾向があり、グローバル化や業務の標準化が進む中では発展を妨げる不利な要因とも考えられます。高い技術力をいかに標準化して誰もがその技術を使えるようにするのか、自律力を活かしつつ標準化活動を行い競争力を上げていくのかが、今後の日本産業発展の重要なポイントとなります。
またドイツ、アメリカ、中国などが先導してインダストリー5.0を推進する中で、各国は「どの国が世界に新しい価値観を浸透させる主導権を握るか」で競争を行っています。第五次産業革命の時代において、日本がその主導者としての立ち位置をつかめるかどうかは今後のグローバルを舞台にした活動にかかっています。
インダストリー5.0を推進するメリット
インダストリー5.0の推進で期待できるメリットをまとめると以下のとおりです。
- 人間と機械の協働により労働力不足が解消できる
- 環境配慮と持続可能性への貢献が可能になる
- サイバーフィジカル化による予測性の向上と生産最適化
- バイオテクノロジーとデジタル技術の融合、食品ロスの削減と食料増産
インダストリー5.0(第五次産業革命)実現の課題
第五次産業革命では、企業はこれまでの戦略を変化・進化させなければなりません。デジタル化、DX化の推進がまず挙げられるでしょう。「2025年の崖」に見られるように日本の製造業に代表される中小企業や社会は、DXに乗り遅れている部分が少なくありません。世界の潮流に乗り遅れまいと、中身のともなわないDXやIT化を進めている企業も見られ、結果的に失敗に終わっている例もあるようです。
デジタル技術はあくまでも技術、ツールであり、何を実現するかというビジョンがこれからの日本企業には必要になってきます。同時にインダストリー5.0やSociety5.0でも提唱されている、社会課題の解決と地球環境の保全、企業ガバナンス、すべての持続可能性を高める(=サステナビリティ)ことが求められます。同時に企業と顧客だけでなく、かかわるステークホルダーすべてに還元されるビジネスモデルを作り上げることや、新しい価値観の創生、顧客エクスペリエンスの重要性の認識も重要です。
デジタルツールの活用はあくまでも、これらの目的を達成するための手段に他なりません。この観点がもてない企業は早晩縮小を余儀なくされると推測されます。グローバル社会から求められる企業であり続けるには、インダストリー5.0やSociety5.0の概念をもとに新たな価値観を生み出す力をもつ企業であることが必要です。
まとめ
この記事ではインダストリー5.0について解説しました。また日本におけるSociety5.0の内容やインダストリー5.0との関係についても紹介しました。
- 人と機械が協働する新しいワークスタイル
- 環境負荷を低減した、持続可能な社会
- 人間の能力を最大限に活かす社会
インダストリー5.0の実現には各国の思惑もあり多くの課題を乗り越える必要がありますが、人と機械の協働によって、より良い社会を実現する可能性を秘めています。
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