三現主義とは、現場・現物・現実の3つの「現」を重要とする問題解決の考え方、またその考えに基づく企業のあり方、経営哲学を指します。DX推進による働き方の変化に伴って仕事に対する意識は大きく変わり、現場を見ずともデジタルデータさえあれば良いという風潮も醸成されていますが、そのような時代だからこそ改めて重要となるのが三現主義です。この記事では三現主義について考え方やメリット、実際の企業の事例、導入する場合の注意点について解説します。
三現主義とは|3つの「現」とその重要性
はじめに、三現主義を構成する基となる「3つの”現”」の意味と重要性について解説します。
三現主義の意味と考え方
三現主義とは経営や問題解決において、3つの視点「現場」「現物」「現実」から問題を総合的に分析し組織の課題解決や改善に繋げようとする考え方、経営哲学、またその手法を指します。
より具体的に言えば、「離れた場所からデータや伝え聞く情報のみを重視して、机上の空論で問題解決を図るのではなく、物事が起きている”現場”に行って自分の目で”現物”を観察・確認、あるいは現場にいる者の話を聞いて、”現実”(現在の実情・事実)を把握しなければならない」ということになります。三現主義を採用することで、組織が直面する課題や機会をより深く理解し、効果的な戦略を策定することが可能となると考えられています。
この考え方は、欧米におけるMBWA("Management by walking around"の略)に共通するものでもあります。MBWAは「現場に足を運び、歩き回ってマネジメントを行う」という意味です。どちらの言葉・考え方も、経営や組織管理を行う責任者が現場に赴き、最前線の状況を自分の目で確認する重要性を表した言葉といえます。
management by walking around (UK also management by walking about); (abbreviation MBWA)
a style of management that involves the manager often visiting employees informally where they are working in order to see what they are doing and to discuss their work:
3つの「現」の具体的内容
(1)「現場」:製造現場の視点
「現場」とは実際の作業や業務が行われる場所(製品の製造現場や開発研究を行う場、物流を担う倉庫、販売小売店など業種により異なる)です。問題や課題がまさに生じている場所でもあります。経営層やマネジメント層が現場の状況を理解することは、社屋の会議室にいては気づけない組織が抱えている問題点を把握し、改善策や解決策を見つけるために重要です。
(2)「現物」:製品や部品把握
「現物」とは物理的な対象であり、三現主義においては特に企業が企画・開発・製造し、市場に提供する製品やサービスなどを指します。現物を実際に手にとったり体験したりして観察することは、製品やサービスの品質や提供方法を評価し、改善するために不可欠です。
製品やサービスに関する売上などの数字や統計データ、分析結果などによって客観的に示される情報は当然重要です。しかしデータや伝聞情報ではなく、実際にその場にあるものを自分の目で見て、体験して、また現場の人たちの話を聞いて得られる情報を把握するべきとしています。現物を把握することにより、判断基準がデータ「だけ」に偏らず、双方から得られた情報をバランスよく検討材料にすることを示唆しています。
(3)「現実」:実際の状況理解
三現主義における「現実」とは、「現場」で「現物」を見た結果得られた「実際の状況や事実」を指します。「現状」ともいえるかもしれません。データのみで現状を把握しようとすると、どうしても机上の空論に傾き現実とは乖離した間違えた対策を行ってしまうおそれがあります。「現場に足を運び」「現物を観察して」「現実を把握する」ことで初めて、客観的な視点から組織の状況を理解し、正確な判断や戦略の策定を行うことができるという考え方につながります。
三現主義が必要とされる背景|DX社会での重要性
現代はインターネットの普及やICTの発展、IoTやAIの活用によって、情報は端末から簡単に、即時に取得することができるようになり、人手不足の日本ではDX推進が急務となっています。また働き方改革やコロナ禍を経て、リモートワークの普及も進みました。情報を遠隔地でも安全にやり取りできる技術も進んでいるため、実際にその場所に赴かなくても、机の上のパソコンやタブレットを開けば欲しい情報は得られるようになっています。そのこと自体は多様な働き方を認めるものであり、情報技術の発展による恩恵として素晴らしいことといえます。
しかし、「現場を見て判断すること」は経営やマネジメントの原点といわれ、ものづくりの現場である製造業においては特に重要となります。現物・現状を見ずにデータのみの単一の視点をよりどころにすると、実際の現場の状況から離れた判断をしてしまうことになりかねません。情報化社会が進展する中で組織が成功するために、多角的な視点からのアプローチとして三現主義は評価されています。特に製造業においては採用する企業が多く、トヨタ自動車や本田技研工業の例が実例として取り上げられています(後述)。
三現主義のメリット
三現主義を導入することで得られるメリットについて解説します。
【メリット1】企業の成長を促す
三現主義は、現場・現物・現実を実際に経営責任者やマネジメント担当者が徹底することで、問題の本質を把握でき、効果的な改善策を見つけるのに役立ちます。経営に関わる層だけでなく、現場の管理職、さらに一般従業員に対しても三現主義を伝えることで、現場の課題を自ら見つけ出し、解決策を考えようとする積極的な姿勢につながります。その結果、自分が担当する仕事とは直接的に関連しなくても、企業経営に対する広い視点と意識、開発担当者ならば技術の向上への意欲が促されます。また、社員各自が問題意識をもち解決を考え、忌憚ない意見を出す風土ができます。総合的に従業員全体の能力向上につながり、企業の成長、効率的な運営が期待できます。
【メリット2】データだけで判断することがなくなる
三現主義においては、データだけでなく、現場の実態、現場で働く従業員の声が重視されます。このことで経営判断がよりバランスの取れたものとなり、組織の意思決定プロセスの質が向上すると考えられています。現場での異常などがデータで察知できても、現場に赴きなぜ異常が起きたのか? どうしたら防げるのか? という考えを巡らせることが重要になります。
【メリット3】経営層・現場の関係性が良好になる
三現主義の実践により、経営層・マネジメント層が現場に赴くことが増えると、現場で働く従業員との双方向コミュニケーションが発生します。現場の意見、現状、問題点を、経営層やマネジメント担当者が「直接現場を知る者」にヒアリングできることで双方の理解が深まります。
三現主義の3つの事例紹介
ここでは三現主義を実際に組織運営・改革に活用している企業の事例を紹介します。
トヨタ|「見るだけ」ではない現地現物主義
トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎氏は、三現主義を語る際に欠かせない経営者といえるでしょう。幼い頃から父の経営する工場で、モノづくりを身近に見ながら成長したそうです。 トヨタ自動車75年史では「喜一郎の幼時における機械への接近こそ、実際に現物で事実を理解する「現地現物主義」の原点であるといっても過言ではない。」としています。
現在、トヨタ自動車は三現主義の代表的な実践企業とされます。トヨタでは、「現地現物」を単に「現場に行って」物を「見るだけ」ではなく「なぜ」と問いかけ問題の本質を見抜くことが重要とし、喜一郎氏が行ってきた「現地現物主義」として創業以来実践しています。
一方で、変化することに対してもトヨタ自動車は柔軟とされます。コロナ禍の最中、当時の代表取締役社長・豊田章男氏はトヨタの基本姿勢である現地現物主義について、その定義をあらためて見直し、変えるべきところは変えていくと発言しています。絶対にどんなときも現場に行かなければならないわけではなく、必要なポイントをおさえて効率よく仕事を進めることを目指すとの認識を示しています。
花王|迷った時は現場へ
花王は、花王グループの企業活動の拠りどころとなる企業理念(Corporate Philosophy)として「花王ウェイ」を掲げています。その中で「現場起点」として、「最も深い知識、最良のアイデア、最も賢明な意思決定、それらは社外・社内の現場にあります。迷った時は現場に行きます。」としています。「本質は現場にある」「現場に基づく意思決定」「現場の変化を捉える」という徹底した現場を重視する姿勢が特徴といえるでしょう。
オムロン|デジタルと融合させた新・三現主義
オムロンは、三現主義をデジタル技術と融合させた「新・三現主義」を推進しています。これは、現場と現物のデータを収集・分析することで、より効率的に問題を発見・解決し、現場を変革することを目指すものです。
(資料)OMRON「新・三現主義での現場革新デジタル技術による最新リモート監視」
【関連記事】
イノベーションのカギとなる三現主義の発展的アプローチ
三現主義を実行する場合の3つの注意点
三現主義はデータ偏重や机上の空論に陥りにくくなる優れた考え方・手法ですが、導入に際しては注意すべき点もあります。三現主義を実行する場合の注意点について解説します。
現状に合った三現主義を試行錯誤し実行する
技術や社会の変化に合わせて、三現主義の手法を柔軟に適用することが重要です。
冒頭で三現主義と似た考え方であるMBWAについて紹介しましたが、この言葉はアメリカ合衆国のエイブラハム・リンカーン大統領の行動に基づいていると言われます。南北戦争時代、リンカーンは戦争の最前線という「現場」に足を運び、状況について自分の目で見、兵士たちの話を聞いて把握したそうです。またヒューレット・パッカード社では、創始者が従業員の元へよく足を運んでいたことがのちにMBWAと呼ばれるようになったとしています(*1)。
一方で、企業の規模が拡大していくと、経営層による現場訪問・従業員との対話は徐々に形式的なものになり、中身の伴わないものになってしまう企業も現れます。現場・現物・現実を大切にする理由と目的は何かを認識し、企業や組織の現状に合わせた継続的な改善を常に行って、組織が変化するならばそれに対応しながら三現主義の良さを取り入れられるよう努める必要があります。
なおHP社では現在も創業者の意志をくみ、従業員間のオープンなコミュニケーションを推進することで最先端の技術を生み出す企業として発展を続けています。
IoTやAIの技術を積極的に現場に取り入れる
現場・現物・現実を知るためにずっと同じやり方、アナログな手法、レガシーシステムの継続使用を頑なに続ける必要はありません。企業や組織は、IoTやAIなどの先端技術を現場に取り入れ、データの収集や分析をより「効率化」「最適化」することが求められます。
現物を把握する「だけ」でも、判断基準がデータ「だけ」に偏るべきでも、企業経営は成り立ちません。先進的な技術を取り入れリアルタイム性の高いデータ分析を行って市場の動向を探り、ニーズに合った製品をタイミングよく提供しなければ、グローバル化が進む現在では企業経営は難しくなっています。現場・現物・現実から得た生の情報、データが分析して導く情報、双方から得られた情報をバランスよく検討材料にすることが求められます。
経営層が率先して現場に関与する
経営層は、三現主義の実践において積極的に現場に関与し、現場の声や問題を直接把握することが重要です。経営層のリーダーシップにより、組織全体の取り組みが促進されます。その際、「経営層が現場に行くだけ」の形骸化した行事になってしまわないよう注意が必要です。
三現主義と5ゲン主義との違い
現場主義ともいえる考え方には三現主義のほか、5ゲン主義と呼ばれるものがあります。三現主義の現場・現物・現実に対し、5ゲン主義は「原理」「原則」の2つを加えた考え方です。漢字が異なるため「5ゲン主義」と数字とカタカナで書かれます。
「原理」:ものの拠って立つ根本法則。認識または行為の根本にあるきまり(出典:広辞苑)
「原則」:人間の活動の根本的な規則。基本的なきまり(出典:広辞苑)
5ゲン主義では、まず三現主義(現場で現物を見て得た現実の状況)を用いて問題を把握した後、解決に向けた行動を開始する際「原理から外れていないか」「原則と異なる状況になっていないか」という視点を加え、総括的に判断することを重要とします。
三現主義は現状の正確な把握と理解を中心とする考え方です。しかし実際の業務は、たとえ正確な事実を把握してもそれだけでは問題解決のための正しい判断と行動に進むことはできません。仕事や業務を進めるためにはルールに則ることが重要です。現場で得た情報から経営層やマネジメント層が「こうすればよい」と判断したとしても、それが「原理」「原則」に基づいていなければ実行はできないでしょう。
5ゲン主義は三現主義の次のステップであり、「三現主義を実行して得た課題を具体的に解決する」ための、原理原則に基づく、地に足の着いた思考力を鍛える手法といえるでしょう。
まとめ
この記事では三現主義について解説しました。三現主義は、企業の経営や問題解決において重要な手法であり、企業の規模や業種に関係なく、あらゆる組織に適用できる経営哲学です。現場・現物・現実という3つの視点から実際に得られた情報を総合的に分析することで、組織の成長を促進します。
さらに三現主義とともに、「原理・原則」を加えた5ゲン主義を用いることで具体的な課題解決へと実行できます。その実践には、すでに三現主義を実行している企業などを例にしつつ、柔軟性と積極性を兼ね備え、状況に応じた適切なアプローチを行うことが重要といえるでしょう。
【注目コンテンツ】
・DX・ESGの具体的な取り組みを紹介!専門家インタビュー
・DX人材は社内にあり!リコーに学ぶ技術者リスキリングの重要性
・サービタイゼーションによる付加価値の創造と競争力の強化