どのような産業でも、「費用対効果」は大切です。限られたコストでどれだけ価値のある製品やサービスを生みだせるかが競争の優位性を決める最も大切な要素だからです。
製造業において費用対効果を追求しようとするとき、「バリューエンジニアリング(VE)」という言葉をよく聞くようになってきました。「バリューエンジニアリング(VE)」とはいったいどのようなものなのでしょうか。
この記事ではバリューエンジニアリングとは何か、その手法や5つの基本原則、事例、実践ステップまで解説します。
バリューエンジニアリングとは
バリューエンジニアリング(VE: Value Engineering)とは、製品やサービスが提供する価値を、機能とコストの関係から俯瞰し、できるだけ少ないコストで必要十分な機能を満たすことを目的にして組織的に研究を行う方法のことです。「VE」と略されることが多いのですが、日本語では価値工学ということもあります。
VEの歴史は古く、1947年に開発されたものが始まりとされています。GE社(General Electric)のローレンス.D.マイルズ氏が考え出した原材料の調達費用の削減方法で、その後、設計や製造部門にも取り入れられるようになっていきました。
日本でも1960年頃から多くの企業で取り入れられており、あらゆる分野で広く活用されています。特に製造業においては、設計段階でのVEがその製品の費用対効果をほぼ決めてしまうため、重要視されているのです。
VEの定義
VEは、製品、サービスにおける価値、機能、コストを次の関係式で表します。
関係式 : 価値=機能/コスト
この関係式によれば、高機能かつ低コストであればあるほど価値は高くなります。製品、サービスの価値を高めていくには次の4つのパターンがあるとされています。
- コストはそのままで、機能を向上させる
- 機能はそのままで、コストを低減させる
- コストを低減させ、機能を向上させる
- コストをわずかに増加させ、機能を大幅に向上させる
このようにVEは一つの法則として単純で明快な関係式が示されるため、理解が容易であると同時に、方向性を一意に定められるので活動が各部門かつ多岐にわたってもチームのメンバーが理解しやすいといえます。
コストダウンとの違い
VEに混同されがちな言葉で「コストダウン(CD)」がありますが、VEとコストダウンとではその意味が大きく異なります。VEは製品やサービスの「価値を落とさない」ことが前提となっているのに対し、コストダウンは「価値を落とす」ことも含まれているのです。
VEは、製品やサービスの品質や機能などを上げるか落とさずにコストを維持、削減していく手法です。そのために必要な機能や品質を明確にし、最適なコストを求めます。最適なコストがわずかに上がってしまったとしても、製品やサービスの品質や機能が大幅に上がるのであればそれもよしとする考え方です。
これに対してコストダウンは、コストを下げられるのであれば機能や価値が下がるのもやむを得ないこととします。コストを削減するために仕様や材料の見直しをしたり、製造工程の簡略化をしたりして、製品やサービスの品質や機能を下げても「コスト削減」の結果を求めます。
バリューエンジニアリングの手法
前述したようにVEには次の4つのパターンがあります。
- コストはそのままで、機能を向上させる
- 機能はそのままで、コストを低減させる
- コストを低減させ、機能を向上させる
- コストをわずかに増加させ、機能を大幅に向上させる
VEの手法はこの4つのアプローチのいずれかに沿って行われます。この4つのうちどの手法でVEを行うのかを考えていきます。そして、VEを行うにあたっては、次に紹介する基本原則と手順があるといわれています。
バリューエンジニアリングの5つの基本原則
VEの関係式や4つの手法をみるときちんと法則があり、関係式に当てはめればうまくいくように思えなくもありませんが、ここには5つの基本原則があります。これらの原則を大事にすることでVEはスムーズに進みます。5つの基本原則とは以下の通りです。
- 使用者優先の原則
製品やサービスは使用する人のためにあります。使用する人にとって必要な価値とは何かを念頭に置くことが重要です。 - 機能本位の原則
この製品やサービスが果たすべき機能とは何かを明確にしておくことが重要です。 - 創造による変更の原則
変化させるのであれば従来からの考え方にとらわれず、自由で創造的な発想を持ち込むことが重要です。 - チームデザインの原則
一人の考えは限定的になります。いろいろな分野の知識や技術・経験を集めることが重要です。 - 価値向上の原則
コストを下げることはあっても、価値を下げることがあってはなりません。
バリューエンジニアリングの事例
バリューエンジニアリングには5つの基本原則があることをご紹介しましたが、この原則を用いて成功したVEの事例を3点ほどご紹介します。
切削工具
金属加工用の特殊材料を用いた切削工具がありました。これは使用すれば消耗します。消耗すれば切れ味が悪くなるので、その都度新しいものに丸ごと交換する必要が生じていますが、特殊であるだけにコストが高くついてしまいます。
そこでこの事例では“バラのとげは先端だけが固い”ところに着目し、機能を損なわずコストダウンすることに成功しました。先端だけ特殊材料にして交換できるようにすればよいのではないかと考えたのです。
- 工具には金属を削る機能と、刃物の位置を決める機能があるので、その機能を維持できればよい。(全体を丸ごと特殊材料で作る必要はない。)
- 切削する先端部分だけを消耗するまで使い込み、使用しきったのちに交換するようにすれば特殊材料の部分は小さくて済み、コストを下げられる。
これをバリューエンジニアリングの5つの基本原則に当てはめて考えると次のようなことが言えます。
- 使用者優先の原則
・ 切削工具の交換が簡単になったので使用者の利便性が上がった。
・ 切削工具が刃だけになったので保管場所も少なくなり管理がしやすくなった。 - 機能本位の原則
・ いつも切れ味の良い状態を維持できるようになった。 - 創造による変更の原則
・ バラのとげをヒントにするという発想の自由さが生きた。
・ これまで一体のものだった切削工具を刃の部分と本体部分とに分ける発想。 - チームデザインの原則
・ 工程に係る各専門家の知恵を出し合えた。 - 価値向上の原則
・ 機能を上げ、切削工具にかかるコストを下げることに成功した。
これはさきほどのVEの関係式でいうと、③のコストを下げて機能を上げた事例に相当します。
交通信号機
われわれが日常目にする交通信号機の設置にも決して安くはないコストがかかっています。公共の費用であるだけに必要なところへ設置するにも、その場所の選定には慎重にならざるを得ません。しかも一度設置すれば電球切れを防止するために定期的に交換する必要がありました。
交通安全のため、信号機を普及させるには信号機の製造からメンテナンスに至るまでのトータルコストを下げられないかの検討がなされます。そこで信号機をLEDにしたところ、以下のような改善効果が見られたといいます。
- 機能の大幅向上:LEDの光の特性によって見やすくなり、事故の減少につながった。
- 原価:信号機の組み立てコストはLEDのほうが安く、トータルコストが減少した。
- ランニングコスト:LEDは使用電力が少ないので電気代は80%削減された。
- 保守費:電球より寿命が長いので交換頻度が極端に少なく保守費は低減した。
これをバリューエンジニアリングの5つの基本原則に当てはめて考えると次のようなことが言えます。
- 使用者優先の原則
・ 信号機を利用する一般の人には見やすくなった。
・ 設置費用面から自治体は設置しやすくなった。 - 機能本位の原則
色を伝える手段として色彩のある光を発するLEDは機能的に合っている。 - 創造による変更の原則
光るものは電球だけではないという発想の自由さが功を奏した。 - チームデザインの原則
信号機をLEDに変えるということだけでも人間工学や電気工学、機械工学、メンテナンスをする人、製造のプロなどの考え方が必要になった。 - 価値向上の原則
信号機としての機能を向上させコストを低減させることに成功している。
これはさきほどのVEの関係式でいうと、③のコストを下げて機能を上げた事例に相当します。
バックスタンドの屋根
バックスタンドに屋根のない野球場がありました。シーズンオフ時に屋根を建設しようという話が出ましたが、来期まで工期がかかるため今シーズンを簡易的な屋根でできないかというアイデアが発想されました。それは、幕を気球で持ち上げ、浮上させて設置するというものでした。
このアイデアのポイントをまとめると次の通りです。
- 施工期間が短い
- 幕を浮上させれば、材料費は安くなり柱もいらなくなる。
- 次のシーズンオフ時に建設する予定である屋根の代替として活用できる。
これをバリューエンジニアリングの5つの基本原則に当てはめて考えると次のようなことが言えます。
- 使用者優先の原則
・ 球場の観客が雨と日差しを避けることができるという機能を優先。
・ 球場のオーナーにとっては、設置費用が安価であり、転用ができる。 - 機能本位の原則
・ 雨や日照を遮るという屋根の機能を果たすことを本位とすれば使用材料は金属である必要はないので「幕」が発想された。
・ 球場としての美観を保ち、高さも必要であることから浮上式が発想された。 - 創造による変更の原則
・ 屋根には柱が必要という固定概念から離れて、他社との差別化ができた発想の自由さが生きた。 - チームデザインの原則
・ 建築デザイナーや、構造設計者、素材メーカー、気球メーカー技術者など各方面の専門家の検討が必要になった。 - 価値向上の原則
・ 屋根がない状態から比べれば球場としての機能は向上しているし、一時的とはいえ非常に安価に構築できる。
これはさきほどのVEの関係式でいうと、③のコストを下げて機能を上げた事例に相当します。
バリューエンジニアリングを実践するステップ
VEを実践するには対象となる製品やサービスについて、改めて情報収集をし、詳しく分析・評価した上で、新しいアイデアを出す必要があります。
その方法として3つの基本ステップと10の詳細ステップがあります。10の詳細ステップにはそれぞれ質問がついています。それをまとめると次の表のとおりです。
VE基本3ステップと10の詳細ステップ
基本3つのステップ | 詳細の10ステップ | 質問 | ||
1 | 機能定義(分解) | 1 | 情報収集 | それは何か? |
2 | 機能定義 | その働きは何か? | ||
3 | 機能の整理 | 何のため(目的)?どのようにして(手段)? | ||
2 | 機能評価(分析) | 4 | 機能別コスト分析 | そのコストはいくらか? |
5 | 機能評価 | その価値は? | ||
6 | 対象の選定 | |||
3 | 代替案作成(創造) | 7 | アイデア発想 | 他に同じ働きをするものはないか? |
8 | 概略評価 | コストはいくらか? 必要な機能を確実に果たすか? | ||
9 | 具体化 | |||
10 | 詳細評価 |
3つの基本ステップ
まずは、大きな3つの基本ステップがあります。上の表から抜き出すと以下の通りです。
- 機能定義(分解)
対象となる製品やサービスに対し、顧客が求めている機能は何かという大原則を定義しておく必要があります。このステップがしっかりとできていなければこれ以降のステップは不完全なものとなるため、十分確認して進めます。 - 機能評価(分析)
顧客が求めているそれぞれの機能についてどれくらいコストがかかっているのかについて分析します。ここでVEの対象分野はどこなのかが選定できるようになります。 - 代替案作成(創造)
VEの対象分野を選定できたらそれに対してアイデアを出していきます。そしてそのアイデアを評価して具現化していきます。
この3つのステップには、それぞれ詳細なステップがあります。それが次に紹介する10の詳細ステップです。10の詳細ステップにはいろいろ質問があり、この質問に答えていくことでVEが具現化されていきます。
10の詳細ステップ
機能定義(分解)
- 情報収集
質問:「それは何か?」
対象となる製品やサービスは何かをはっきりと定義しておきます。『うちの製品すべて』ではなく、はっきりとひとつずつ絞り込んでいきます。そして、対象の使用・販売・設計・調達・製造・コストなどに関する情報を収集します。 - 機能定義
質問:「その働きは何か?」
①で絞り込んだ対象から機能を抜き出して定義します。対象から、働き・役割・目的を顧客目線で洗い出すのです。VEは機能を向上させる方法なので、どんな機能を向上させるべきなのか理解する必要があります。 - 機能の整理
質問:「何のため(目的)?」「どのようにして(手段)?」
②で定義された機能を目的と手段の関係で整理し、機能系統図を作成します。機能実現のための目的と手段を整理すれば、何をどうすればよいかがはっきりとしてきます。
機能評価(分析)
- 機能別コスト分析
質問:「そのコストはいくらか?」
必要とする機能の達成にコストはいくらかかるのかを算出します。整理された機能を評価するために必要です。 - 機能評価
質問:「その価値は?」
機能達成に必要なコストの最低値(機能評価値)がでたら、それをもとに、各機能の重要度を評価します。コストがその機能の価値に見合っているのかがわかります。 - 対象の選定
質問:「その価値は?」 今かかっているコストと、どれくらい削減できるかを計算して、改善する機能の優先順位を決めます。
代替案作成
- アイデア発想
質問:「他に同じ働きをするものはないか?」
③で作成した機能系統図の機能からアイデアを発想していきます。対象となった機能を改めて見直し、他の簡単な方法でできないのかを考えます。技術の進歩などで従前とは違う新しい手法ができるようになっている可能性もあります。 - 概略評価
質問「コストはいくらか?」「必要な機能を確実に果たすか?」
⑦で発想されたアイデアを評価して、技術的に実現可能か、経済面でコストの目標に達しているかについても評価します。 - 具体化
質問:「コストはいくらか?」「必要な機能を確実に果たすか?」
質問は⑧と同じですが今度はコスト対機能を評価しながら練りこんでいきます。評価すると欠点が見つかりますのでこれを克服、また評価して欠点を見つけて克服、を繰り返します。こうして、アイデアは価値の高い代替案になっていきます。 - 詳細評価
質問:「コストはいくらか?」「必要な機能を確実に果たすか?」 ⑨からさらに進んでプランニングできる段階にまで進めてコスト対機能を評価します。
以上がVEの実践ステップです。このようにVEは単純なコスト削減ではありません。ターゲットとなる機能をはっきりとさせることが第一歩で、いろいろなステップを経て、製品やサービスの価値を高めていく方法なのです。
バリューエンジニアリングの資格
VEは、このように企業にとって非常に重要な手法ですが、専門的な知識をもとに誰かがリーダーとなり組織的に行う方法でもあることから、VEにも資格が存在します。公益社団法人日本バリュ-・エンジニアリング協会(略称:日本VE協会)が主催するVEの資格は以下の通りです。
VEリーダー(VEL)
VEの実施者としての資格。自社の製品やサービスの改善にVEの考え方と技法を適用できる。VEスペシャリスト(VES)
VEの実施者・教育者としての資格。VEリーダーができることに加えて、自社内におけるVE基礎教育のインストラクションができる。自社の製品やサービスの開発設計・改善にVE適用の計画、動機づけ、統制ができる。CVS(Certified Value Specialist)
VEの実施者・教育者・推進・管理者としての資格。VEスペシャリストができることに加えて、組織全体としてのVEの普及・定着の計画・実施(実践の)指導ができる。VE適用のすべての対象と段階においてVE適用の計画、動機づけ、統制ができる。
VEを実務で行いたい人は、まず、VEリーダー(VEL)の資格取得からトライしてみるのが良いでしょう。VEスペシャリストはVELの資格を持っていることが条件になります。
CVSはVEスペシャリストの資格を持っていることに加えて、米国VE協会が認定しているセミナーの受講が条件になっており、なかなかの難関です。VEでコンサルティングを仕事にするなど、専門的活動を志す人向けだといえるでしょう。
(出典:「VE有資格者の役割」公益社団法人日本バリュ-・エンジニアリング協会)
まとめ
製造業にかかわるだれもが、コスト削減を意識しており、こうした科学的手法が比較的昔からあることも知られてはいるものの、実践して成功するのにはなかなか壁が高いと感じられるのではないでしょうか。
企業経営は、売り上げを最大限にして、コストを最小限にするのが使命です。VEはまさにその活動の科学的手法そのものですが、何回もトライして経験を積み重ねることが必要となるのかもしれません。
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