新しい製品を作る上で役に立つのが「製品アーキテクチャ」の理論です。製造業を手掛ける日本企業の多くが新たな製品アーキテクチャの構築を目指しており、電気自動車など世界的な動きの影響を受けるケースも含めて試行錯誤を続けています。
この記事では、製品アーキテクチャの種類と、それぞれメリット・デメリットについてわかりやすく解説します。
目次
製品アーキテクチャとは
アーキテクチャ(architecture)は、英語から日本語に直訳すると「構造」や「構成」となります。つまり、製品アーキテクチャとは「製品の構造や構成」という意味です。
経営学の理論や製造業における実務では、「製品の基本的な設計思想」という意味で用いられています。より詳細な定義は、独立行政法人経済産業研究所の藤本隆宏氏による「製品アーキテクチャの概念・測定・戦略に関するノート」に記載されています。
藤本氏の定義によると、製品アーキテクチャとは『製品をどのようにして構成部品に分割し、そこに製品の機能を配分し、それにより必要となる部品間のインターフェース(情報等のやりとりが行われる部分)をいかに設計・調整するか、ということに関する基本的な設計思想』とされています。※1
つまり、製品アーキテクチャは「製品の構造や機能に対する考え方」といえるでしょう。
製品アーキテクチャは「部品設計の相互依存度」と「企業を超えた連結」に基づいて4つに分類される
製品アーキテクチャは、「部品設計の相互依存度」によって「モジュラー型(モジュール型)」と「インテグラル型」の2種類、「企業を超えた連結」によって「オープン型」と「クローズド型」の2種類にそれぞれ分類されます。これらを組み合わせると分類されるのは、以下の4つです。
- モジュラー型のオープン型
- モジュラー型のクローズド型
- インテグラル型のオープン型
- インテグラル型のクローズド型
しかし詳しくは後述しますが、オープン型はモジュラー型の一種とも考えられるため、製品アーキテクチャは3つと考えることも多い傾向です。部品設計の相互依存度による分類は「製品の部品をどのように組み立てるか」という視点で分類します。一方で「企業を超えた連結」による分類は、製品のインターフェースに関する情報が企業間で共通かどうかという視点による分類です。
モジュラー型(モジュール型)アーキテクチャ
前述のとおり、「部品設計の相互依存度」という点により、製品アーキテクチャは「モジュラー型」と「インテグラル型」の2種類に分けられます。この章では、まずモジュラー型がどのようなものか、具体的な製品例やメリット・デメリットも交えて解説します。
モジュラー型アーキテクチャとは
経済産業研究所の藤本氏によると、モジュラー型アーキテクチャとは『部品(モジュール)と機能との対応関係が1対1に近く、すっきりした形になっているもの』とされています。それぞれのモジュールで機能が自己完結しており、モジュール間で相互に情報などをやりとりする必要性が小さいというのが特徴です。
また情報のやりとりが少ないため、各モジュールをつなぐ部分(インターフェース)の構造もシンプルです。
設計する側の視点で見ると、「全体的なシステムの相互調整がほとんど必要とならないモジュールに分解する」という設計思想です。製品を作る際には標準的なインターフェースを使い、機能が自己完結しているモジュール同士を組み合わせることで完成します。
モジュラー型アーキテクチャの製品の例
モジュラー型アーキテクチャに基づいた製品の例には「パソコン(パーソナルコンピュータ)」が挙げられます。パソコンには、CPUやディスプレーなどの部品があり、各部品はそれぞれ別のメーカーが綿密な相互調整を行うことなく製造しているのが一般的です。
そして、各メーカーが製造した部品を標準化されたインターフェースを使ってつなぎ合わせることで、パソコンとして機能します。
また、原則として各部品と機能が1対1の関係(ディスプレー⇆表示機能など)で対応している点も、モジュラー型の特徴に合致しています。
モジュラー型アーキテクチャのメリット
モジュラー型アーキテクチャには以下5つのメリットがあります。
- 標準化された仕様に基づいてモジュールを作るため、各部品間の調整費用を削減できる
- システムの多様性を確保しやすい(組み合わせるモジュールを変えることで、機能を変えたり、性能を高めたりできる)
- 他の部品に関する設計を気にせずに部品を設計・製造できる
- モジュール単位で製品の修理・保守に対応できる
- 各部品単位では、専門知識の蓄積や技術力の向上・革新を期待できる
モジュラー型アーキテクチャのデメリット
一方で、モジュラー型アーキテクチャには以下3つのデメリットもあります。
- 一般的にインターフェースの仕様を長期間固定する必要があるため、インターフェースの技術進歩が抑制されやすい
- 多様なモジュールに対応する目的でインターフェースに汎用性を持たせる場合、全体のシステムにムダが生じやすい
- 個々の顧客ニーズには対応しにくく、競合他社や新規参入から模倣されやすい
インテグラル型アーキテクチャ
インテグラル型の製品アーキテクチャは、モジュラー型とは対照的な設計思想です。経済産業研究所の藤本氏の定義によると、インテグラル型アーキテクチャとは『機能群と部品群の間の関係が交錯している製品設計思想』とされています。
モジュラー型とは異なり、1つのモジュールが複数の機能を担っている(機能と部品が「多対多」の関係にある)点が特徴です。つまり、1つの機能が複数の部品に配分されていると言えます。
インテグラル型では、各部品が相互に影響・調整し合うことで、1つの製品としてパフォーマンスを発揮します。また、インターフェースも事前に標準化されていません。したがって、各部品の設計者は緊密に相互連携を図り、微調整を行いながら設計を行う必要があります。
つまり、モジュラー型が「できる限り部門間のすり合わせを減らす設計思想」である一方で、インテグラル型は「部門間のすり合わせを徹底的に行う設計思想」と言えます。
インテグラル型アーキテクチャの製品の例
インテグラル型アーキテクチャに基づいた製品の例には「自動車」が挙げられます。自動車にはタイヤやサスペンション、エンジンなどの部品があり、それぞれの部品が相互に作用することで、1台の自動車としてのパフォーマンスを発揮します。
そのため、1つの部品を取り換えるだけで、性能が大きく左右される事態が考えられます。場合によっては、1つの部品が変わることですべての部品を交換する必要があります。
また、例えば「運転のしやすさ」という1つの機能にフォーカスすると、その機能はタイヤやエンジンなど複数の部品が組み合わさって発揮されており、「機能と部品が多対多の関係である」というインテグラル型の特徴が表れています。
インテグラル型アーキテクチャのメリット
インテグラル型アーキテクチャには以下3つのメリットがあります。
- 製品としてのまとまりの良さを実現しやすいため、小型化・軽量化製品の開発に適している
- 複数の部品が複雑に作用し合うことで製品全体のパフォーマンスが発揮されるため、模倣されにくく、持続的な競争優位性を確立しやすい
- システム全体の設計に関してムダが生まれにくい
インテグラル型アーキテクチャのデメリット
一方で、インテグラル型アーキテクチャには以下3つのデメリットもあります。
- 部品間の相互依存性が高いため、部品(部門)間の調整コストがかかる
- 一部分の変更によってシステム全体の変更を余儀なくされるおそれがある
- システムの多様性を実現しにくく、進化に時間を要する
クローズ型とオープン型の違い
前述のとおり、製品アーキテクチャは「企業を超えた連結」という点で「クローズ型」と「オープン型」の2つにも分類できます。この章ではそれぞれの違いを見ていきましょう。
クローズ型アーキテクチャ
クローズ型アーキテクチャは、企業を超えた連結を想定して作られていないアーキテクチャです。経済産業研究所の藤本氏は、クローズ型アーキテクチャを以下のように定義しています。
モジュール間のインターフェース設計ルールが基本的に1社内で閉じているもの
出典:経済産業研究所「製品アーキテクチャの概念・測定・戦略に関するノート」
なおインターフェース設計を自社に加えて関連企業に公開する方式もクローズ型アーキテクチャに該当します。つまり情報が非公開で囲い込まれている製品の設計思想で、基本的に部品を作れるのは自社または情報が共有されている企業のみです。そのため製品が故障した際は、他社の部品を代用して修理することはできません。
自動車を例にすると、各部品の詳細な設計は外部企業に委託することもある一方で、機能やインターフェースなどの基本的な設計は1社で完結させることが一般的です。 クローズ型アーキテクチャの製品例としては、オートバイやセダン型の乗用車、おもちゃの「レゴ」などが当てはまります。
オープン型アーキテクチャ
経済産業研究所の藤本氏は、オープン型アーキテクチャを以下のように定義しています。
基本的にモジュラー型製品の一種であって、なおかつ、基本モジュールの間のインターフェースが、企業を超えて業界レベルで標準化した製品のこと
出典:経済産業研究所「製品アーキテクチャの概念・測定・戦略に関するノート」
またオープン型アーキテクチャに基づく製品は、原則としてモジュラー型製品です。つまりオープン型アーキテクチャは、情報を外部の企業等に対して公開・共有する製品の設計思想といえます。情報が公開されているため、誰でも互換性のある部品を製造・販売することが可能です。特定企業に縛られることなく、優れた部品を寄せ集めて連結できるため、機能性の高い製品を作り出すことができます。
なお国領二郎氏によると、『モジュール間をオープンなインターフェースでつなぐことで汎用性を持たせ、多様な主体が発信する情報を組み合わせて価値の増大を図る企業戦略』のことをオープンアーキテクチャ戦略と言います。
例えば自社製品に関するインターフェースを公開することで、競合他社が自社製品の部品を開発するように促すことで、自社製品の付加価値を高める戦略が考えられます。
オープン型アーキテクチャの製品例としては、パソコンや一部のオーディオ機器などが当てはまります。
製品アーキテクチャの種類
ここまで紹介してきた製品アーキテクチャの分類を組み合わせることで、製品アーキテクチャは以下の3つに大別されます。
- クローズ・インテグラル型
- クローズ・モジュラー型
- オープン・モジュラー型
なお例外はありますが、前述のとおりオープン型はモジュラー型の一種と考えられるため、本記事では「オープン・インテグラル型」を製品アーキテクチャとして考えないこととします。
クローズ・インテグラル型
クローズ・インテグラル型アーキテクチャは、自社または関係企業内でインターフェースのルールを囲い込んでおり、部品と機能の関係が複雑に錯綜したアーキテクチャのことです。インターフェースのルールを把握している限られた企業間で、連携を密にして製品を作ります。
具体的な例としては、前述した自動車やオートバイ、工作機械などが当てはまります。
クローズ・モジュラー型
クローズ・モジュラー型アーキテクチャは、自社または関係企業内でのみインターフェースのルールを囲い込んでおり、部品と機能の関係がシンプルなアーキテクチャです。情報が公開されていないため、外部で製品を構成する部品を作成することが難しいという特徴があります。具体的な例としては、工作機械やおもちゃのレゴ、デジタルカメラなどが当てはまります。
オープン・モジュラー型
オープン・モジュラー型アーキテクチャは、業界標準化されたインターフェースのルールに基づいた部品を用いており、部品と機能の関係がシンプルなアーキテクチャを指します。情報が業界内で公開されているため、製品を構成する部品を比較的容易に作成・入手できる点が特徴です。具体的な例としては、パソコンや自転車などが当てはまります。
日本の家電業界ではモジュラー型への移行による弊害が発生した
デジタル家電業界は、日本のメーカーが主体的に市場をけん引してきた分野と言われています。一方で、優れた技術を開発し、それを活用した製品を市場に出してきたにもかかわらず、日本の家電メーカーは十分な収益を得られていない現実があります。
また、一時的に利益を得られたとしても、その利益や競争優位性は継続しない傾向があります。
モジュラー型への移行による弊害
独立行政法人経済産業研究所のファカルティフェローを過去に務めた延岡健太郎氏は、その理由をモジュラー型アーキテクチャへの移行に伴う「コモディティ化」と指摘しました。コモディティ化とは、ある製品に関して汎用化が進み、製品間の差別化が困難となることで、価格以外の競争要因がなくなってしまうことです。
日本のデジタル家電業界では、積極的に製品アーキテクチャのモジュラー型への移行が進められてきました。これにより、モジュールの調達を容易に行えるようになり、製品の付加価値や模倣困難性の低下、価格競争を招きました。その結果、日本のデジタル家電メーカーは十分な利益を得られない状況となりました。
つまり、モジュラー型への移行を進めた結果、質の高い製品を作るたびにライバル企業に模倣されてしまい、価格競争に巻き込まれて製品価格を下げざるを得ない状況となったのです。
モジュラー型への移行における弊害を防ぐための戦略
モジュラー型への移行による弊害は、デジタル家電業界に限らず、あらゆる業界で発生する可能性があります。したがって、こうした弊害を防ぐ、もしくは状況の改善を図るための戦略を考えることが重要です。
具体的な戦略はさまざまで、何が正解かはケースバイケースです。例えば、下記のような戦略が考えられるでしょう。
- 製品の基本的な性能面の向上とは別に、模倣しにくい価値(デザイン性や商品コンセプトなど)の向上を図る
- 業界内におけるプラットフォームのリーダー企業(例えばマイクロソフトなど)のポジションを狙う
- インテグラル型製品アーキテクチャへの移行やビジネスモデルの転換を図る
まとめ|市場やビジネスモデルに応じて、適切に製品アーキテクチャの選択と戦略策定を行うことが重要
製品アーキテクチャの分類を解説しましたが、ある特定のアーキテクチャが絶対的に優れているとは言えません。それぞれ一長一短であるため、市場の状況や自社のビジネスモデルなどに応じて、最適な製品アーキテクチャを選択することが重要と言えるでしょう。
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