小野塚様鼎談

ESG市場への全世界の投資総額は2020年時点ですでに35.3兆ドル(約3900兆円)にものぼる一方、日本ではまだその重要性が認識されていないのも事実です。しかし、政府や金融機関、顧客など様々なステークホルダーからESGへの対応要請が強まっており、日本企業、とりわけ国際競争に晒されている日本の製造業には、さらなる変化が求められています。日本の製造業はこの大きな流れをどう捉え、どのような対策を採るべきなのでしょうか。

今回は2023年2月27日に都内で開催されたウェビナー「企業変革×テクノロジーの専門家3人が語る!ESGがもたらす製造業界への影響とDXの可能性」の内容を再構成し、そのダイジェストを前後編にわけてお届けします。

目次

  1. コロナ禍で明らかになった固定化したサプライチェーンの脆弱性
  2. 人手不足とレガシーな業務。山積する課題をどう乗り越えるべきか
ウェビナーレポートシリーズ ~第一弾
左より田口 紀成氏(株式会社コアコンセプト・テクノロジー)、吉川 剛史氏(株式会社INDUSTRIAL-X)、福本 勲氏(株式会社東芝)

<鼎談メンバー>

田口 紀成氏
株式会社コアコンセプト・テクノロジー 取締役CTO兼マーケティング本部長
2002年、明治大学大学院理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。自動車部品製造、金属加工業向けの3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru(オリヅル)」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTを研究。2015年に取締役CTOに就任後はものづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画・開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織・環境構築を推進。

吉川 剛史氏
株式会社INDUSTRIAL-X 取締役CSO
早稲田大学法学部卒。日本電信電話株式会社から分社後、NTTコミュニケーションズ経営企画部、グローバル事業本部で海外新規事業開発と海外企業の買収・提携事業のプロジェクトディレクターとして勤務。その後、日本オラクル株式会社にて執行役員、経営企画室長(ミラクルリナックス社社外取締役兼務)、株式会社ユニクロの海外事業開発部長、COACH A (U.S.A) Inc. CEO、明豊ファシリティワークス株式会社専務取締役、経営企画室長などを経て、株式会社Y’s Resonance 代表取締役社長に就任。INDUSTRIAL-X設立時よりアドバイザーを務める。
福本 勲氏
株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」、「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+ITの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。(所属及びプロフィールは2023年3月現在のものです)

コロナ禍で明らかになった固定化したサプライチェーンの脆弱性

田口(以下、敬称略) 早速始めたいと思います。まず本題に入る前に、このディスカッションを行うに至った背景から紹介させてください。

肌感覚ですが、最近「ESG」や「サステナビリティ」というキーワードが会話に登場する機会が増えてきました。2021年にコーポレートガバナンスコードの再改定で「サステナビリティへの考慮」が言及されたことが一つの引き金になり、関心を持つ企業が増えた印象です。

一方で、昨年の8月に「サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会」から出された報告書「伊藤レポート3.0」に「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」という新たなキーワードが登場したのも記憶に新しいところです。

今回は、今後製造業の間で、サステナビリティやESG、DXを交えた議論が盛んになると考え、東芝の福本さんとINDUSTRIAL-Xの吉川さんをお迎えしてウェビナーを開催する運びとなりました。改めまして皆さん、本日はよろしくお願いいたします。

福本氏・吉川氏(以下、敬称略) よろしくお願いいたします。

田口 モノづくりは日本を支える重要な産業の一つです。日本の屋台骨を支える製造業が、サステナビリティやESGというトピックスに対し、グローバルが求める形で対応できなかった場合に何が起きるのか、もしくは達成を阻害する課題にはどんなものがあるのか、こういったところから議論を進めていければと思います。まずは福本さんからご見解を聞かせてください。

福本 はい。まず、化石燃料からカーボンニュートラルへ、リニアエコノミーからサーキュラーエコノミーへと不可逆的な移行が進んできていることがあると思っています。その結果、企業のサプライチェーンやビジネスモデルが、集中型から分散ネットワーク型に変わっていくのではないかというのが私の見立てです。我々はこれまで、第一次産業革命、第二次産業革命と社会が発展する中で、化石燃料をはじめとする地球資源に依存しながらビジネスを拡大させてきました。しかし、これがこのまま続くと地球資源が枯渇し地球環境がもたなくなる可能性が高まっていきます。これに対し、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーへの関心が高まりを見せています。こうした流れを受け、企業間のつながりも従来の垂直統合型・集中型から、網目状につながったような分散ネットワーク型に変わっていくのではないかと思っています。ESGへの取り組みの中でもとりわけ「E」つまりEnvironment(環境)が重視をされているのは、この変化が不可逆であり、対応次第では社会に禍根を残すというコンセンサスができつつあることを意味していると私は認識しています。

田口 実際「カーボンニュートラル」「サーキュラーエコノミー」「分散ネットワーク型」を目指さなければならない、という感覚は、多くの方が感じていることだと思います。一方で「どう目指せばいいか」という問いに対し、明確な答えを持っていない企業も多いのではないでしょうか。福本さんは様々な企業とお付き合いがあると思いますが、製造業の皆さんの動きを見てどうお感じになりますか?

福本 まず、製造業の皆さんはこれまで、固定的なサプライチェーンの中でビジネスをしてきたと思いますが、今後は業界をまたいだエコシステムや柔軟なサプライチェーンが大事になっていくのではないかと感じています。業界の枠を超えた、しなやかなつながりを育むことによって、金融機関や投資家の皆さんも、安心して製造業に投資できる環境を整えることができるのではないかと思います。

田口 なるほど。「業界をまたぐエコシステム」「柔軟なサプライチェーン」が一つキーワードになりそうですね。吉川さんはどのような課題があるとお考えですか?

吉川 コロナ禍に直面し日本の製造業は地政学的リスクを目の当たりにしました。思い出してください。中国でロックダウンが実施され港湾機能がストップして部材が来ない、あるいは半導体が手に入らないということが問題になりましたが、あのような状況はビジネス事業継続計画の虚を突くものであり、ESGの「G」にあたるガバナンスの問題です。製造業にとって非常に厳しい問いを突きつけられた出来事だったように思います。

田口 同感です。

吉川 コロナ禍が過ぎ去ったとしても、将来、台湾有事があった場合、本当に海路を通じてビジネスに必要な物資を確保できるのか、あるいは為替の問題についても同じことがいえます。そうした諸々のリスクは企業のガバナンスと密接なつながりを持っていることが実感できるのではないでしょうか。

とくに日本の製造業が数多く進出する中国とのビジネスをどうするかを考えるのは喫緊の課題と言えます。それこそが、先ほど福本さんがおっしゃったような、柔軟なサプライチェーンが求められるゆえんです。どこか一極に依存しているというのは、サステナビリティの観点から非常に難しいことが浮き彫りになったわけですからね。

福本 新型コロナウイルスの流行でサプライチェーンが寸断したとき、生産拠点を中国から他のアジアの国に移したり、日本に持って帰ってきたりする企業が少なからずありました。それが一時的なものだとしたら、その先はどうしていくつもりなのでしょうか。日本は人口減少で市場も段々縮小しています。市場に近いところでつくろうと考え海外に製造拠点を移した企業が、円為替が不利になったという理由だけで再び生産拠点を移すのは考え難いことです。

吉川 そうですね。事態は複雑です。個々の事象で軽々な判断はできないでしょうね。

田口 これまで企業のサプライチェーンは性善説に基づいて構築されてきました。外国からモノを輸入するにしても、それは未来永劫維持され、相手方がそれを維持するために善処してくれる前提に立ってビジネスは成り立っているわけです。しかし状況によってはそうはいかないことがこのコロナ禍でわかってしまいました。

吉川 少なくとも単一のサプライチェーンに依存している状態は、ビジネスの安定を保証しないってことが露わになったということなんでしょうね。

田口 そうすると不測の事態に備えて、予備を持っておかないといけないことになるわけですが、予備も簡単には持てないですね。

福本 そうですね。

吉川 なかなか持てませんし、先ほど福本さんが指摘されたように国内に回帰するにしても、為替の影響で資材や燃料の高騰で厳しい状況に陥っている製造業は枚挙に暇がありません。加えて、現在日本のエネルギーは火力発電で賄われており、グローバル市場ではそれだけでハンデを負ってしまっています。日本の製造業はまるで複雑極まりない連立多元方程式を解くような難しさに直面しているといっても差し支えなさそうです。

田口 過去にもこうした危機的状況が幾度もあったわけですが、これまでは国内外の調達先と対話を通しなんとか難局を乗り越えてきました。しかしこれだけ状況が複雑化し変化のスピードが速いとこれまでのやり方では、さすがに間に合わない。きっとこうした部分にデジタルで解消する余地があるのだと思いますが、福本さんはどうお考えですか?

福本 これまで金融機関や投資家の皆さんは財務情報を企業価値の測定基準としていました。しかしESGの重要性が高まるに従って、定量的な財務情報に加えて、定性的な情報が多いESGの取り組み状況を加味して企業価値を評価しなければならなくなってきています。デジタル化で解決する部分も大きいと思いますが、いまは過渡期。評価をする側にとっても難しい時代になってきていると思います。

田口 財務情報のようにカチッと決まった評価指標があるわけじゃないですからね。コーポレートガバナンスコードの話にしても、一朝一夕では対応できません。評価する側もされる側も互いに歩み寄り理解を深めていかなければならないということなのかも知れません。

ウェビナーレポートシリーズ
「これまで企業のサプライチェーンは性善説に基づいて構築されてきました。しかし状況によってはそうはいかないことがこのコロナ禍でわかってしまいました。」
(コアコンセプト・テクノロジー 田口氏)

人手不足とレガシーな業務。山積する課題をどう乗り越えるべきか

田口 モノづくりの現場を見ていると、人員が足りない、働き方改革などで時間が足りない状態が限界に近づくと、その解決策として業務のデジタル化の話が出てきます。つまり、就業者数と労働時間減少を補い、生産性を維持する手段としてデジタルを使っているわけですが、モノづくりの現場でITに携わっている我々から見ると、すでに企業の中でのデジタル化っていうのは割と進んでいるんですよ。例えば3DCADとかPLMツールによる効率化は進んでいる。にもかかわらず、企業をまたぐコミュニケーションに関しては、未だレガシーな手段に頼っていることは珍しくありません。

福本 特に企業をまたぐ情報の授受においては、紙やFAXなどの、アナログなコミュニケーションが残っていますからね。

田口 そうなんです。いまだに人依存、アナログ依存に陥ったままという企業が多い中、単にレガシーなプロセスをそのままデジタルに置き換えただけで本質的な課題解決につながっていないケースがよく見受けられます。

吉川 なるほど。

田口 製造業の皆さんにどんな課題感があるのかアンケートを採ると、エンジニアやプログラマー、企画を任せられる人材が足りないがために、DXが進められないという声が数多く寄せられます。お二人のお話をうかがって、こうした認識が柔軟なサプライチェーンを築くに至っていない大きな遠因にもなっているように感じました。サステナビリティの観点からも大問題だと思います。

吉川 間違いなく事業継続を危うくする大きなリスクだと思います。

後編に続く

【今回の鼎談のアーカイブ動画を視聴したい方は以下よりアクセスしてください】
https://www.cct-inc.co.jp/koto-online/archives/86

【関連リンク】
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
株式会社INDUSTRIAL-X https://industrial-x.jp/
株式会社東芝 https://www.global.toshiba/jp/top.html

【こんな記事も読まれています】
国内製造業の再生を狙うINDUSTRIAL-Xが推進する[ESG×DX]時代の戦い方
製造業における購買・調達業務とは?課題の解決方法も紹介
サプライチェーン排出量はなぜ注目される?算定方法も含めて紹介