製造業では工場の生産管理から営業活動まで、業務用スマートフォンやタブレットの活用が進んでいます。
これらの端末には設計図面や顧客データ、生産情報といった機密性の高い情報が保存されているため、適切な管理体制の構築が経営上の重要課題となっています。
しかし、複数の拠点で多数の端末を管理するには膨大な工数がかかり、紛失や盗難による情報漏洩のリスクも無視できません。そこで活用されているのが、遠隔から端末を一元管理できるMDM(モバイルデバイス管理)です。
この記事では、製造業におけるMDMの必要性や主要機能、導入メリット、具体的な成功事例から導入ステップまで詳しく解説します。
MDMとは?
MDMとは「Mobile Device Management(モバイルデバイス管理)」の略称で、企業が業務で使用するスマートフォンやタブレットなどの端末を一元的に管理する仕組みです。
製造業では工場内のタブレット端末や営業担当者のスマートフォン、在庫管理用のハンディターミナルなど、さまざまなモバイル端末が活用されています。
これらの端末には設計図面や顧客情報、生産管理データといった重要な情報が保存されているため、適切な管理が欠かせません。
MDMを導入すると、管理者が遠隔地から端末の設定変更やセキュリティ対策を実施でき、複数の拠点で使用される多数の端末を効率的に管理できるようになります。
また、端末の紛失や盗難が発生した際には、遠隔操作でデータを保護する機能も備わっており、製造業における情報漏洩リスクの低減に大きく貢献します。
製造業にMDMが必要な3つの理由
製造業では技術情報の保護やデバイス管理の効率化、働き方の多様化への対応が重要な経営課題となっています。
MDMが必要とされる主な理由は以下の3つです。
- 理由1:情報漏洩リスクの増大
- 理由2:デバイス管理工数の増加
- 理由3:多様な働き方への対応
順番に解説していきます。
理由1:情報漏洩リスクの増大
製造業における技術情報や設計図面は、企業の競争力を支える重要な資産です。
これらの機密情報が保存されたモバイル端末を紛失したり盗難に遭ったりすると、企業に深刻な損害をもたらす可能性があります。
実際に端末の紛失や盗難による情報漏洩は、取引先との信頼関係を損なうだけでなく、サプライチェーン全体に影響を及ぼすこともあるでしょう。
さらに、個人情報保護法の観点からも、顧客データや従業員情報を適切に管理する責任が企業に課されています。
MDMを導入することで、万が一の紛失時にも遠隔からデータを消去する「リモートワイプ」機能や、第三者による不正アクセスを防ぐ「リモートロック」機能が利用できるため、情報漏洩リスクを大幅に低減できます。
理由2:デバイス管理工数の増加
従業員数の増加に伴い、企業が管理すべきモバイル端末の台数も増え続けています。
従来の管理方法では、新しい端末を配布する際に一台ずつ手動で設定を行い、セキュリティアップデートの際にも個別に対応する必要がありました。
こうした作業は時間がかかるだけでなく、設定ミスや更新漏れが発生するリスクも高まります。
特に複数の工場や営業拠点を持つ製造業では、地理的に離れた場所にある端末を管理するために、IT担当者が現地に出向く必要もあるでしょう。
MDMを活用すれば、管理者は一つの画面から全ての端末を把握し、遠隔操作で設定変更やアプリの一括配信が可能になるため、管理工数を大幅に削減できます。
理由3:多様な働き方への対応
製造業でも働き方改革が進み、リモートでの工場監視や在宅勤務が導入されるようになりました。こうした柔軟な働き方を実現するには、社外からでも安全に業務データにアクセスできる環境を整備する必要があります。
また、一部の企業では従業員が個人所有の端末を業務に利用する「BYOD(Bring Your Own Device)」を採用するケースも増えています。
しかし、BYODでは業務用データと私的なデータが同じ端末に混在するため、セキュリティ管理が複雑になるという課題があるでしょう。
MDMを導入すれば、業務用データだけを暗号化したり、特定のアプリのみ利用を許可したりといった柔軟な管理が可能になり、製造現場のDX推進を安全に進められます。
MDMの5つの主要機能
MDMには、モバイル端末を安全かつ効率的に管理するための多様な機能が備わっています。
製造業の業務に役立つ主要な機能は以下の5つです。
- 機能1:リモート管理・操作
- 機能2:アプリケーション管理
- 機能3:セキュリティ対策
- 機能4:使用状況の可視化
- 機能5:コスト管理
順番に解説していきます。
機能1:リモート管理・操作
リモート管理・操作機能は、管理者が遠隔地から端末を制御できる機能です。
端末を紛失した際には、管理画面から即座に「リモートロック」を実行して端末をロックし、第三者による不正利用を防げます。また、情報漏洩の危険性が高い場合には「リモートワイプ」機能を使い、端末内のデータを完全に消去することも可能です。
複数の工場や営業拠点を持つ製造業では、各拠点の端末を一つの管理画面から一元的に管理できるため、IT担当者が現地に出向く必要がなくなります。
さらに、端末の設定変更やトラブルシューティングも遠隔で実施できるため、業務の停止時間を最小限に抑えられるでしょう。
機能2:アプリケーション管理
アプリケーション管理機能では、業務に必要なアプリを管理者が一括で配信・更新できます。
新入社員や新規配属者に端末を支給する際、従来は一台ずつ手動でアプリをインストールする必要がありましたが、MDMを使えば必要なアプリを自動でインストールできます。
また、セキュリティ上問題のあるアプリや業務に不要なゲームアプリなどのインストールを制限することも可能です。
製造現場では専用の生産管理アプリや品質管理アプリを使用することが多いため、こうしたアプリのバージョン管理を一元的に行えることは大きなメリットでしょう。
アプリのライセンス管理機能も備わっているため、無駄なライセンス費用の発生を防ぎ、コスト最適化にもつながります。
機能3:セキュリティ対策
セキュリティ対策機能は、MDMの中核となる重要な機能です。
管理者は全ての端末に対して、パスワードの最低文字数や有効期限、大文字・小文字・数字・記号の使用を強制するポリシーを適用できます。
また、一定時間操作がない場合に自動的に画面をロックする設定や、カメラ機能の無効化、スクリーンショットの禁止といった細かなセキュリティルールも設定可能です。
Webサイトの閲覧制限機能を使えば、マルウェア感染の危険性が高いサイトや業務に不要なサイトへのアクセスをブロックできます。
さらに、ウイルス対策ソフトの動作状況を一元的に監視し、セキュリティ基準を満たしていない端末を自動的に検知する機能も備わっており、ISO27001などの認証取得にも役立つでしょう。
機能4:使用状況の可視化
使用状況の可視化機能では、全ての端末の状態を一つの画面で把握可能です。
各端末のOSバージョンやモデル、インストールされているアプリ、バッテリー残量といった詳細な情報がリアルタイムで表示されます。位置情報管理機能を活用すれば、営業担当者や現場作業者がどこで端末を使用しているかを把握でき、紛失時の捜索にも役立ちます。
また、端末の利用状況レポートを自動生成する機能もあり、どのアプリがよく使われているか、通信量はどれくらいかといったデータを分析できるでしょう。
こうした情報は、業務効率化の改善点を見つけたり、セキュリティポリシーの見直しを行ったりする際の重要な判断材料になります。
機能5:コスト管理
コスト管理機能は、モバイル端末の運用にかかる費用を最適化するための機能です。各端末の通信料金を監視し、データ使用量が契約プランを超えそうな場合に管理者へ通知する機能があります。
これにより、不要な追加料金の発生を防ぎ、通信コストを削減できるでしょう。
また、端末ごとの使用状況を分析することで、ほとんど使われていない端末を特定し、契約プランの見直しや端末数の最適化が可能になります。
さらに、端末のライフサイクル管理機能を使えば、各端末の購入時期や保守契約の更新時期を一元的に管理できます。
計画的な端末更新や保守契約の見直しを行うことで、長期的な視点でのコスト削減が実現できるでしょう。
製造業がMDMを導入する4つのメリット
MDMを導入することで、製造業は多くの実質的な成果を得られます。
主なメリットは以下の4つです。
- メリット1:コスト削減効果
- メリット2:セキュリティレベルの向上
- メリット3:業務効率の大幅改善
- メリット4:現場の生産性向上
順番に解説していきます。
メリット1:コスト削減効果
MDMを導入すると、端末管理にかかる人件費を大幅に削減できます。
従来は新しい端末の初期設定やアプリのインストール、セキュリティ更新などを一台ずつ手作業で行う必要があり、IT担当者の工数が膨大になっていました。
MDMを活用すれば、複数の端末に対して設定やアプリを一括配信できるため、作業時間を大幅に短縮できるでしょう。
また、端末の紛失や盗難による情報漏洩が発生すると、取引先への損害賠償や信用失墜による売上減少など、企業に深刻な経済的損失をもたらします。
MDMのリモートロックやリモートワイプ機能を使えば、万が一の際にも被害を最小限に抑えられるため、リスク回避によるコスト削減効果も期待できます。
メリット2:セキュリティレベルの向上
MDMの導入により、企業のセキュリティレベルが大きく向上します。
全ての端末に統一されたセキュリティポリシーを適用できるため、管理者の設定ミスや更新漏れといったヒューマンエラーを防げます。
また、セキュリティ基準を満たしていない端末を自動的に検知し、管理者に通知する機能もあるため、常に高いセキュリティレベルを維持できるでしょう。
製造業では取引先から情報セキュリティに関する認証取得を求められることも多く、MDMの導入はISO27001などの認証取得にも有効です。セキュリティレベルの向上は、取引先や顧客からの信頼獲得にもつながり、ビジネスチャンスの拡大にも貢献します。
メリット3:業務効率の大幅改善
MDMを導入すると、IT部門の業務効率が劇的に改善されます。
管理画面から全ての端末を一元的に把握できるため、端末の状態確認や設定変更、トラブル対応といった作業を効率的に実施できます。
特に複数の拠点を持つ製造業では、遠隔地にある端末の管理が大きな負担となっていましたが、リモート管理機能により現地への出張が不要になるでしょう。
また、端末の紛失時にも位置情報を活用して迅速に捜索できるため、トラブル対応にかかる時間を大幅に短縮できます。IT担当者は定型的な管理業務から解放され、より戦略的な業務に時間を割けるようになり、企業全体のDX推進にも貢献します。
メリット4:現場の生産性向上
MDMの導入は、製造現場の生産性向上にも大きく貢献します。
工場内でタブレット端末を活用することで、作業指示書や図面をデジタル化し、リアルタイムで情報を共有できるようになります。
紙ベースの管理では情報更新に時間がかかり、古い情報を参照してしまうミスも発生していましたが、デジタル化により常に最新の情報にアクセスできるでしょう。
また、品質管理データや在庫情報をその場で入力・確認できるため、オフィスに戻って報告書を作成する手間が省けます。
現場の作業者は本来の業務に集中でき、管理部門も正確な情報をタイムリーに把握できるため、意思決定のスピードが向上し、企業全体の競争力強化につながります。
製造業でのMDM導入成功事例3選
実際に製造業でMDMを導入し、成果を上げている企業の事例をご紹介します。
順番に見ていきましょう。
事例1:中堅部品メーカー
ある中堅部品メーカーでは、複数の工場で使用する端末の管理に課題を抱えていました。
各工場のIT担当者が個別に端末管理を行っていたため、セキュリティポリシーにばらつきが生じ、設定ミスによるトラブルも頻発していました。
MDMを導入することで、本社の管理者が全工場の端末を一元管理できるようになり、統一されたセキュリティポリシーを適用できるように。
また、新規端末の初期設定を自動化したことで、IT担当者の作業時間が大幅に削減され、他の重要業務に時間を割けるようになったといいます。
さらに、営業部門ではタブレット端末を活用した顧客向けプレゼンテーションが可能になり、商談の質が向上して受注率の改善にもつながりました。
事例2:大手精密機器メーカー
大手精密機器メーカーでは、国内外の複数拠点で大量の端末を使用しており、管理の複雑さが課題でした。特に海外拠点では現地のIT担当者とのコミュニケーションに時間がかかり、セキュリティ更新の遅れが発生していました。
MDMの導入により、グローバルで統一された管理体制を構築し、全拠点の端末を日本の本社から一元管理できるように。
端末の使用状況を可視化できたことで、ほとんど使われていない端末を特定し、契約プランの見直しによる通信コストの削減にも成功しています。
また、工場内ではIoT機器と連携したタブレット端末を活用し、設備の稼働状況をリアルタイムで監視できる体制を整え、生産効率の向上を実現しました。
事例3:食品製造企業
食品製造企業では、衛生管理や品質管理の記録作業に多くの時間を費やしていました。従来は紙ベースで記録を行っており、転記ミスや記入漏れが発生することもあり、HACCP対応においても課題となっていたのです。
MDMで管理されたタブレット端末を現場に導入し、温度管理や清掃記録などをデジタル化したことで、記録作業の効率化と正確性の向上を実現しました。
また、記録データがクラウド上に即座に保存されるため、管理者はオフィスから現場の状況をリアルタイムで確認でき、異常があればすぐに対応できる体制が整いました。
さらに、MDMのセキュリティ機能により、顧客情報や取引先データを安全に管理できるようになり、情報セキュリティに対する取引先からの信頼も向上しています。
MDM導入の4つのステップ
MDMを効果的に導入するには、計画的なステップを踏むことが重要です。
導入は以下の4つのステップで進めます。
- 現状分析と要件定義
- 製品選定とPoC実施
- 本格導入と設定
- 運用開始と最適化
順番に解説していきます。
ステップ1:現状分析と要件定義
MDM導入の第一歩は、自社の現状を正確に把握することです。
まず、管理対象となる端末の種類(スマートフォン、タブレット、ノートPCなど)と台数、使用しているOS(iOS、Android、Windowsなど)を洗い出します。
次に、各部門でどのような業務に端末を使用しているか、どのようなセキュリティリスクが存在するかを調査し、MDMに求める機能を明確にしましょう。
また、自社のセキュリティポリシーを確認し、パスワードの設定ルールや端末の使用制限など、MDMで適用すべき管理ルールを策定します。
この段階で要件を明確にしておくことで、自社に最適なMDM製品を選定できるようになります。
ステップ2:製品選定とPoC実施
要件定義が完了したら、複数のMDM製品を比較検討します。
各製品の機能、対応デバイス、料金体系、サポート体制などを比較し、自社の要件に合致する製品を絞り込みましょう。多くのMDMベンダーは無料トライアルや試用版を提供しているため、実際に操作してみて使いやすさや機能を確認することが重要です。
可能であれば、小規模な環境でPoC(概念実証)を実施し、実際の業務で問題なく利用できるかを検証します。
現場の担当者からフィードバックを収集し、運用上の課題がないか、必要な機能が不足していないかを確認してから、本格導入の判断を行うことが成功のポイントです。
ステップ3:本格導入と設定
導入するMDM製品が決定したら、本格的な導入作業を開始します。
全ての端末を一度に移行するのではなく、まずは一部の部門や拠点から段階的にロールアウトすることで、トラブルのリスクを最小限に抑えられるでしょう。
MDMの管理画面で、セキュリティポリシーや利用制限などの設定プロファイルを作成し、各端末に配信します。また、業務に必要なアプリを選定し、一括配信の設定を行いましょう。
導入前には従業員向けの説明会を実施し、MDMの目的や運用ルール、端末を紛失した際の対応方法などを周知することが重要です。
従業員の理解と協力が得られることで、スムーズな導入と運用が可能になります。
ステップ4:運用開始と最適化
MDMの導入が完了したら、運用を開始します。
運用開始後は、各部門から寄せられる要望や課題を継続的に収集し、必要に応じて設定内容を見直すことが大切です。例えば、当初は厳しく制限していたアプリの利用範囲を、実際の業務ニーズに合わせて調整することも検討しましょう。
また、端末の使用状況やセキュリティログを定期的に分析し、異常なアクセスや不正な利用がないかを監視します。クラウド型のMDMを選択すれば初期投資を抑えられるため、中小企業でも導入しやすいでしょう。
MDMの今後の展望
MDM市場は今後も成長を続け、より高度な機能が実装されていくと予測されています。
特にAI技術との融合により、端末の異常な動作パターンを自動検知し、セキュリティインシデントを未然に防ぐ機能が普及していくでしょう。
また、5Gネットワークの普及に伴い、製造現場でのIoT機器とモバイル端末の連携がさらに進み、リアルタイムでの遠隔監視や制御が一般的になると見られています。
製造業では、工場内のロボットやセンサーから収集されるデータをモバイル端末で分析し、生産効率の最適化や予知保全に活用する動きが加速するでしょう。
さらに、ゼロトラストセキュリティの概念が浸透する中で、MDMは単なる端末管理ツールから、包括的なセキュリティプラットフォームへと進化していく可能性があります。
クラウドサービスとの統合も進み、企業の規模や業種を問わず、より使いやすく効果的なMDMソリューションが提供されるようになると期待されています。
製造業がグローバル競争で優位性を保つためには、MDMを活用した効率的な端末管理とデータセキュリティの確保が、今後ますます重要になるでしょう。
まとめ
MDMとは「Mobile Device Management(モバイルデバイス管理)」の略称で、企業が業務用スマートフォンやタブレットなどの端末を一元的に管理する仕組みです。
製造業では設計図面や顧客情報、生産管理データといった重要情報を保護するため、適切な端末管理が欠かせません。
製造業にMDMが必要な理由は以下の3つです。
- 情報漏洩リスクの増大への対応
- デバイス管理工数の削減
- リモートワークやBYODなど多様な働き方への対応
MDMの主要機能は次の5つです。
- リモート管理・操作(リモートロック、リモートワイプ)
- アプリケーション管理(一括配信、インストール制限)
- セキュリティ対策(パスワードポリシー、閲覧制限)
- 使用状況の可視化(位置情報、利用状況レポート)
- コスト管理(通信料金監視、ライフサイクル管理)
MDM導入により、製造業は管理工数とコストの削減、セキュリティレベルの向上、業務効率の改善、現場の生産性向上といった効果が期待できます。
クラウド型を選択すれば初期投資を抑えられます。
今後はAI技術や5Gネットワークとの融合により、より高度なセキュリティとIoT連携が実現すると予測されています。
