2023年9月、東京・江東区に建設された、清水建設のオープンイノベーション拠点「温故創新の森NOVARE」。「100年先の未来を創る」場として大きな注目を集め、現在もそのコンセプトに基づきさまざまな挑戦が続けられています。
NOVAREの魅力ある取り組みはどのようにして生まれ、オープンから約2年が経ってどのように変化しているのか。そして、清水建設がNOVAREを通じて目指す「人と建物の未来」とはーー。
全2回の対談の後編は、清水建設株式会社 NOVARE DXエバンジェリスト・及川洋光氏と、株式会社コアコンセプト・テクノロジー(以下、CCT)のソリューションビジネス事業本部クラウドソリューション部マネージャーの原田浩充氏による対談。NOVAREのものづくりの秘訣に迫った前編に続き、後編ではNOVAREの取り組みの根底にある考え方、「人と建物の未来」についてご紹介します。
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「イノベーションを見ていただく」にこだわって共創パートナーと二人三脚で挑んだものづくり

日本航空に入社し、情報システム部門のシステムエンジニアとして、空港のシステム開発を担当。その後、富士通に入社し、製造業向けソリューションのプロジェクトマネージャー、コンサルタントなどを歴任。またエバンジェリスト(伝道師)として、年間約180回のDX講演を実施。2021年清水建設に入社後は、DX推進部 部長としてデジタルツインなど各種プロジェクトに携わり、2023年9月より、イノベーション拠点「温故創新の森 NOVARE」のDXリーダーとして現職。

ソリューションビジネス事業本部 クラウドソリューション部 マネージャー
首都大学東京(現:東京都立大学)で非線形物理学を専攻し、量子カオス分野で博士号を取得。2018年に新卒でCCTに入社。C#、Javaなどのエンジニアを経験、大規模倉庫管理アプリケーション構築などに従事。現在はウイングアーク1st社のMotionBoardをはじめとしたデータ分析やクラウドサービスの導入を支援するマネージャーとして活動中。ウイングアーク1st社の「PERSONS of the Year 2024」に選出される。
目次
「当たり前」を疑い、ありたい姿を描くバックキャスティングで未来を目指す
原田氏(以下、敬称略) NOVAREには、一人ひとりの好みに応じた超個別空調システムや、建物同士で自然再生エネルギーを融通し合う多棟エネルギーマネジメントなど、画期的な取り組みが数多く導入されています。訪れる人がワクワクするような、こうした斬新な取り組みの根底には、どのような考え方があるのでしょうか。
及川氏(以下、敬称略) 私たちは、従来の「当たり前」をゼロから見つめ直し、常識にとらわれない発想を大切にしています。NOVAREには、例えば、オフィスでは珍しい木の床や、来場者の状況に応じて男性用と女性用を柔軟に切り替えられるトイレなど、当社の設計チームが考案した様々なアイデアが活かされています。
原田 面白いアイデアですね。これらのアイデアは、どのように生まれてきたのですか?
及川 固定概念に縛られていては、このような新しいものは生まれません。「木の床なんて前例がないからダメだ」「トイレの場所は男女それぞれ固定されているのが当たり前」といった考え方では、進歩はありません。
原田 なるほど。そうした固定概念を打ち破るために、どのような考え方をされているのでしょうか?
及川 そこで重要になるのが「バックキャスティング」という考え方です。一般的には、今ある課題を見つけてどう解決するかという「フォアキャスティング」で物事を考えがちです。例えばトイレの例で考えてみましょう。「男性トイレは空いているのに、女性トイレだけ混雑して行列ができている」という課題からフォアキャスティングで考えると、「行列を解消するにはどうすればよいか」と、既存の枠組みや手段の中で解決策を探してしまいます。
原田 では、バックキャスティングではどのように考えるのですか?
及川 NOVAREが実践するバックキャスティングでは、まず「ありたい姿」を描きます。前出のトイレの例であれば、「なぜ男性トイレ、女性トイレは固定なのか。状況に応じて自由に変化できるトイレであるべきだ」という理想の姿を思い描くのです。そして、「そのためにはどうしたらよいのか?」と問いを立て、ゼロベースで考えます。その結果、答えはシンプルでした。サインタグを自由に取り換えることで、どんな状況でもスムーズに利用できる可変性のあるトイレを実現できたのです。
このように、ありたい姿を考えるときには、常識にとらわれず自由に発想することが大切です。そうすることで、現状の延長線上にとらわれず、創造性あるアイデアがいろいろと浮かんでくると思っています。
原田 なるほど。しかし、「ありたい姿」を描くのは簡単ではないですよね。及川さんがおっしゃるように、課題解決手法(フォアキャスティング)に慣れていると、なかなかそうした発想ができない人が多いのではないでしょうか。
「アイアンマン2」の世界に感化されSFプロトタイピングで大胆な未来を描く
及川 確かに「ありたい姿」を描くのは難しいですよね。手法としていくつかありますが、私は「SFプロトタイピング」 を実践しています。
これは、SF作家が映画や小説の世界で描いている未来の姿からヒントを得て、バックキャスティングで事業やサービスづくりに生かすやり方です。SF映画に描かれる未来の生活や道具、世の中の姿は、大胆でありながら精緻に作り込まれており、現在の延長線上では想像し得ないものです。実際に、GoogleやAmazonの創業者たちも、SF小説から大きな影響を受けたと言われています。
原田 及川さんは、どのようなSF映画に影響されたのですか?
及川 2010年公開の映画「アイアンマン2」に触発され、富士通のエンジニアとして「あの映画のような便利な未来を現実にしたい」という思いが募りました。まず取り組んだのは、グローバルに展開する工場の「見える化」でした。映画の3D地球を再現するように、誰にでも直感的にわかる3D GUI(※1)で、グローバル工場のデジタルツイン(※2) を実現しました。
※2 現実世界の「物・人・状況」をコンピューター上の仮想空間にリアルタイムで再現し、その双子(ツイン)を用いてシミュレーションや分析を行う技術。
次に、映画の主人公とAIエージェントの対話に着想を得て、「なぜ人間がグラフや数字を見て判断するのだろう」という疑問から、設備と直接対話できるシステムを開発。これはChatGPTが登場する8年も前のことです。「アイアンマン2」の最終形であるホログラフィックなデジタルツインも実現し、まさに映画の世界を現実にできたと実感しています。
アイデアを生み出す際にも重要なオープンイノベーション
原田 面白いですね。アイデアを生み出す秘訣についてもう一つおうかがいしたいのですが、外部の存在はどのように影響していますか。NOVAREではオープンイノベーションを掲げ、清水建設以外の多くの組織や人と「共創」をしています。ものを創るときだけではなく、そもそものアイデアを生み出すという時点では、外部の存在が具体的にどのように作用しているとお考えですか。
及川 アイデアを生み出す上で、社外の知見や情報は非常に重要です。この考え方は、「温故創新の森 NOVARE」のコンセプトである「温故創新」の精神にも通じるものです。
「温故」には主に三つの意味があります。 一つ目は、清水建設の先人たちの考え方や技術を振り返り、学ぶこと。 二つ目は、物事の原点に立ち返り、あるべき姿をゼロベースで考えること。 そして三つ目は、世界中の過去の成功事例や失敗事例から教訓を得ることです。
例えば、「少子高齢化」という社会課題の解決策を考える際、私たちはつい自分やチームの知識の範囲内で考えがちです。もちろん、個人やチームで深く考えることは大切です。しかし、この課題は世界中で多くの人々が取り組んでおり、そこには数多くの成功例や失敗例が見られます。
このように、世界中の豊富な事例から学ぶ「温故」の視点を取り入れることで、より高いレベルでの「創新」(新しい価値創造)が可能になります。したがって、画期的なアイデアを生み出すためには、自社内だけで考えるのではなく、外部の専門家の知見や、世界中の多様な情報を取り入れることが不可欠であると考えます。
キーワードは「建物との対話」質的成長を実現する未来に挑む
原田 ありがとうございます。及川さん自身は現在、どのようなものに取り組んでいるのでしょうか。NOVAREでやってみたいこと、実現したい世界などありましたら、お話いただける範囲でお聞かせいただけますか。
及川 現在、私が目指しているのは、「建物と対話できる世界」です。建物がまるで生き物のように人や社会に寄り添い、共に成長できる「ありたい姿」を描いています。
前編でご紹介した超個別空調システム「ピクセルフロー」は、一見すると単なる先進的な利便性向上技術に思えるかもしれません。しかし、これは建物が一人ひとりに寄り添い、最適な空調をパーソナライズして提供している好例です。
多棟エネルギーマネジメントも同様です。デジタルツインを活用した「自然再生エネルギーの融通」と聞くと、これも利便性の向上と捉えられがちです。しかし、その本質は、建物同士が「自然再生エネルギーが足りないの?うちなら余っているから分けてあげるよ」と対話し、助け合っている姿にあります。
日本には、古くからの長屋文化や災害からの復興に見られるように、「人と人が助け合う」という大切な価値観があります。この精神を未来へと繋げ、「建物と建物が助け合う」社会があっても良いのではないでしょうか。清水建設はインフラも手掛けているため、道路やダムなど、あらゆるものとパートナーとして繋がり、助け合うことができれば、どれほど素晴らしい社会が実現するだろうかと、私たちは期待に胸を膨らませています。
原田 それは面白い社会ですね。具体的に及川さんのありたい姿が実現されると、どのような生活シーンが見られますか。
及川 例えば、お子さんが机を叩いた時に、机が「痛い!」と話しかけてきたら驚きませんか?その子が大人になり、新しい家族ができたとします。その子の子どもが机を叩いた時、机が「あなたのお父さんも小さい頃、よくこの机を叩いていたんだよ」と教えてくれたら、どうでしょう?そうなると、家具が単なるモノではなく、家族のパートナーのように感じられるでしょう。
結果として、家具を大切に使い、捨てずに長く使うようになるかもしれません。これは、資源不足や生産における人手不足といった現代社会の課題解決にも貢献する、持続可能な世界へと繋がります。資材も循環利用され、モノが家族の歴史を刻む。このように、建物やモノが「温故」の精神を継承し、物語を紡ぐ世界を創り出していきたいと考えています。
原田 こんなありたい姿を早く見たいです!実際にそうした対話ができる世界を実現しようと思うと、どのようなデータをどうやって集めるかを考える必要が出てくると思います。NOVAREでは、データに関する議論はどのように進めているのでしょうか。
及川 NOVAREでは、「どのようにデータを集めるか」といった手段から考えるのではなく、まず「目に見えるビジョン」として、私たちが実現したい未来の姿を、多くの方々に提示しています。
従来のシステム開発では、既存の技術(センサー、データ、ネットワーク、クラウドなど)を最大限に活用して実現可能な範囲で開発を進めてきました。しかし、本当に目指すべき「ありたい姿」を実現しようとすると、現状の技術だけでは解決できない課題に数多く直面します。
例えば、「データ連携をしたいのにAPIが提供されていない」「現在の位置情報技術は精度は良いが応答速度が遅い」「机を叩いたことを検知するセンサーがない」といった具体的な壁に直面することがあります。その結果、「そんな夢のようなことは実現不可能だ」と諦められがちで、イノベーションが停滞してしまうことも少なくありません。
しかし、私たちはそうではないと考えています。NOVAREは、10年後、50年後、さらには100年後の社会課題を解決するためのイノベーション拠点です。私たちが目指す「ありたい姿」を「目に見えるビジョン」として継続的に発信し続けることで、そのビジョンに共感し、共に新しい技術を創造してくれる共創パートナーが現れると信じています。
映画「アイアンマン2」の世界を現実にする際も同様の経験がありました。15年前には、ホログラフィックによる情報表示や操作技術は存在しませんでした。しかし、「アイアンマン2」のような世界を実現したいと語り続けていたところ、8年前にその技術が登場した際、共創パートナーがその可能性を教えてくれたのです。
原田 建物は人よりも長く残り、100年、200年と存在していきます。建物と対話ができるようになり、建物がメモリーのように人間の活動記録や記憶を保存できるようになったら、はるか未来に誰かが地球に降り立ち建物に入ったときに、「こんな生物がいたんだな」と建物から私たちの存在を知るかもしれないですね。
及川 面白いですね。確か、そういう世界を描いたSF映画もあったと思います。夢物語ではないのかもしれません。
原田 今回、及川さんの描いている「建物と対話できる世界」が、本当に実現できそうだなと思いました。是非、CCTも共創パートナーとして支援させてください。さて、最後に、未来を創っていくために、何か見据えていることはありますか?
及川 ずばり、ポストSDGsですね。今、国連や世界の各国政府では、ポストSDGsに向けた議論が行われています。GDPを追求する時代を経てSDGsが生まれ、そして2030年からは「国内総充実」という価値観へと移行していくと言われています。物質の豊かさではなく「質」の成長、いわゆるウェルビーイングの考え方ですね。
NOVAREで描く未来はこうした世界の動きにリンクさせることを意識しており、建物との対話も、世界が目指す方向にうまくつなげることができるのではないかと考えています。世界がどんな未来を目指しているのか、「質的成長」を実現した姿とはどんなものなのか、NOVAREに来たらそれを目にして体感できる、そんなチャレンジを今後も続けていきたいと思います。
【関連リンク】
清水建設株式会社 温故創新の森 NOVARE https://www.shimz.co.jp/novare/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
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