近年では自動車業界を中心に、「MBE(詳細設計)」が注目されています。デジタル技術の発達によって、将来的にはあらゆるモノづくりに生かされるかもしれません。導入メリットがある企業は早めに仕組みを理解し、具体的なプランを考えていきましょう。
目次
MBE(詳細設計)とは?モデルベース開発に欠かせない手法
MBE(Model Based Enterprise)とは、 3Dなどのデジタルモデルを製品開発に取り入れる手法です。日本語では「詳細設計」と呼ばれており、モノづくりが複雑化した現代に適した手法として注目されています。
デジタルモデルの有用性はすでに多方面から評価されており、米国国防総省では3Dプリント技術が国防プログラムの一つに含まれました。日本国内でも、国土交通省が全国の3D都市モデルの整備や活用を目指して、「PLATEAU」と呼ばれるプロジェクトを進めています。
このようなモデルベース開発は多分野への活用が見込まれるため、MBEへの注目度はさらに高まると考えられます。なお、「MBSE(Model-based Systems Engineering)」もほぼ同じ意味合いの用語ですが、本記事ではMBEとして解説を進めます。
MBE(詳細設計)で何が変わる?従来型開発が抱えていた問題点
自動車や家電製品をはじめ、システムの組み込みが必要になるモノづくりでは、これまで「V字プロセス」と呼ばれる開発手法が主流でした。
1.システム設計
2.ソフトウェア設計
3.プログラムの作成
4.ソフトウェアの検証
5.評価やフィードバック
V字プロセスではプログラムを作成してからソフトウェアの検証を行い、もし新たな問題点が見つかった場合はシステム設計からやり直します。また、検証はハードウェアを使って行われるため、上記のプロセスと同時にハードウェア開発にも取り組む必要がありました。
多機能化が進むにつれてV字プロセスが時代遅れに
V字プロセスはPDCAサイクルで回すため、一見すると問題がないように思えるかもしれません。しかし、あらゆる製品が多機能化する現代では、以下の点が問題視されていました。
・ハードウェア開発が遅れると、ソフトウェアの検証ができない
・新たな問題が発覚すると、膨大な手間やコストがかかる
・担当者のスキルで業務効率や品質が変わる
例えば、冷蔵庫の開発プロセスを考えてみましょう。現代の冷蔵庫には、AIによって最適な運転モードを提案する機能や、庫内をスマートフォンで確認できる機能などが備わっています。これらのシステムは、 冷蔵庫本体(ハードウェア)とは別で開発する必要があるため、それぞれ別の流れでV字プロセスを組むとします。
このときに運転提案機能が最初に完成した場合は、その動作をチェックするために冷蔵庫本体の完成を待たなければなりません。また、評価プロセスで冷蔵庫本体と運転提案機能の両方に問題が見つかると、それぞれの工程がシステム設計まで戻ることになります。
V字プロセスはこのような問題を抱えていたため、特に組み込みシステムでは新たな開発手法が望まれていました。
MBE(詳細設計)によるモデルベース開発のメリット
モデルベース開発を導入すると、V字プロセスが抱えていた問題を解決できます。具体的にどのようなメリットがあるのか、一つずつ確認していきましょう。
メリット1.デジタルモデルが仕様書になる
MBRを活用したツールとしては、製図・設計に用いられる「CAD(キャド)」が有名です。CADはコンピュータ上でデジタルモデルを制作でき、さらに360度からのモデリングチェックも行えます。
つまり、デジタルモデルを確認すれば仕様が分かるため、仕様書をフローチャートやテキストに落とし込む必要がありません。 開発プロセスが効率化されるだけではなく、検証における情報伝達などのミスも防げます。
メリット2.ソフトウェアの細かいシミュレーションができる
デジタルモデルは汎用性が高く、専用ツールを使うとソフトウェアの細かい動作まで確認できます。つまり、製品に付随する機能もシミュレーションできるため、システム設計・ソフトウェア設計の両方に活用すると、モノづくりの品質が高まります。
ただし、 サービスによって専門分野は異なるため、自社の事業領域に合わせたツール選びが重要です。例えば、建築製図に適しているもの、機械設計に向いているものなどがあるので、各ツールの機能はきちんと確認しておきましょう。
メリット3.コーディング作業の手間が省ける
MBE関連のツールには、作成したデジタルモデルをもとにコードが自動生成されるものもあります。つまり、 「プログラムの作成」にあたる作業が自動で行われるため、コーディング作業の手間を大きく省けるでしょう。
従来の開発手法において、コーディングはフィードバックへの対応を難しくしている工程です。新たな問題が見つかった場合に、V字プロセスでは再度の設計を経てコーディングする必要がありましたが、MBEではデジタルモデルの外観や仕様などを調整するだけで、新しく最適化されたコードが自動生成されます。
メリット4.ハードウェア上のシミュレーションも可能
HILS(Hardware In the Loop Simulator)と呼ばれるシステムを使うことで、ハードウェア上のシミュレーションを可能にしている点もデジタルモデルの強みです。 HILSを使用すると、仮想空間上にハードウェアを再現できるため、各ソフトウェアを設計した時点でシミュレーションを始められます。
また、特殊環境下での稼働実験など、通常では難しいようなシミュレーションも行えます。
MBE(詳細設計)によるモデルベース開発のデメリット
モデルベース開発にはメリットがある一方で、注意したいデメリットも潜んでいます。開発工数や人材育成など、中小企業を悩ませるリスクもあるため、導入プランは慎重に考えなければなりません。
ここからは、特に注意したい3つのデメリットを見ていきましょう。
デメリット1.全体の工数が増える
前述のV字プロセスでは、プログラムの作成が終わってからシミュレーションが行われていました。一方、モデルベース開発では「システム設計」「ソフトウェア設計」のそれぞれでシミュレーションを行うため、設計工数の増大は避けられません。
さらに以下の点も、モデルベース開発の工数を増やしている要因です。
・スキルの高い人材がいないと、モデル作成に時間がかかる
・開発用のモデルとは別に、シミュレーション用のモデルが必要になる
・シミュレーション結果をもとに、検証データを作ることになる
当然ですが、設計プロセスのシミュレーションで問題が見つかった場合は、修正作業を経て再度シミュレーションをする流れになります。 その度に検証データを作成することになるので、モデルベース開発では全体の工数も延びてしまいます。
デメリット2.人材教育の手間がかかる
モデルベース開発を行うには、CADなどの専用ツールを使う必要があります。導入しているツールごとに特性は異なるため、仕様や操作に慣れるのは簡単ではありません。
すでに使いこなしている人材が教えることも可能ですが、この方法ではプロジェクトに従事するメンバーがいなくなってしまいます。プロジェクトと人材教育を同時並行で進めるとなると、現場には大きな負担がかかってしまうでしょう。
また、厚生労働省の資料(※)によると、国内のIT人材は2019年をピークに減少しています。 その反面で需要は伸びているため、そもそも設計・開発にあたる人材を獲得できない企業も多いでしょう。
(※)経済産業省 商務情報政策局による、「参考資料(IT人材育成の状況等について)」。
デメリット3.高額なツールが必要になることもある
モデルベース開発用のツールには、導入コストが高額なものもあります。参考として、アメリカのAutodesk社が提供している「2D/3D CADソフトウェア」の料金を見てみましょう。
バージョン | 1ヵ月契約 | 1年契約 | 3年契約 |
AutoCAD | 8,800円 | 71,500円 | 214,500円 |
AutoCAD Plus | 28,600円 | 231,000円 | 693,000円 |
(※2023年2月時点)
導入ツールにもよりますが、高度なモデリングやシミュレーションを行う場合は、年間契約で数十万円ほどかかります。同じビジネスを10年単位で続けるとなると、導入コストだけで100万円を超えることもあります。
将来的に回収できる可能性はありますが、導入コスト・運用コストが障害になっている企業も多いと考えられます。
MBE(詳細設計)が向いている分野・向いていない分野とは?
MBEにはデメリットもあるため、すべての分野に向いているとはいえません。特に制御システムを使わない分野では、モデルベース開発のデメリットのみが際立つ恐れもあります。
以下では、MBEに向いている分野・向いていない分野をまとめたので、自社に適しているかを慎重に判断しましょう。
制御システムのシミュレーションとMBEは相性が良い
結論からいうと、MBEは制御システムを活用したモノづくりに向いています。具体例としては、自動車産業や航空産業、宇宙産業が挙げられるでしょう。
自動車のように安全性が求められるモノづくりでは、さまざまなリスクを想定した制御システムが求められます。例えば、エンジン内部の温度上昇や衝突事故などのリスクに対して、常に安全に動作する仕組みを構築しなければなりません。
これらのシミュレーションを現実世界でするとなると、何台もの自動車が必要です。さらに、テスト車は市販車と同品質でなければ意味がないため、多額のコストがかかることは容易に想像できます。
そこで MBEによるモデルベース開発を導入すれば、仮想空間上でさまざまなテストを行えるため、多くの手間やコストを削減できます。航空機やロケットの製造についても、同様のことがいえるでしょう。
このような特性を考えると、制御システムに左右されるロボットや鉄道、医療機器、重機などにもMBEは向いている可能性があります。
UIが重視される業界には、MBEはまだ浸透していない
一方で、制御システムを必要としない業界については、MBEが向いていない可能性もあります。
例えば、業務用の会計ソフトやスマホアプリなどは、デジタルモデルによるシミュレーションの重要性が高くありません。安定性を高める制御システムよりも、見た目や使いやすさ、操作のしやすさ(※)が求められるためです。
(※)いわゆる「ユーザーインターフェース(UI)」と呼ばれる要素。
また、現状ではAIの導入分野についても、MBEはそれほど普及していないと言われています。ただし、AIと制御システムが噛み合うような仕組みが開発されると、状況は一変するかもしれません。
デジタル技術の組み合わせにはさまざまな可能性があるので、視野を広げて将来のビジネスプランを考えることが重要です。
MBE(詳細設計)によるモデルベース開発を成功させるポイント
MBEによるモデルベース開発を成功させるには、従来の開発手法とは違った視点をもつことが重要です。特に設計工数が大幅に増えるデメリットに対しては、何らかの対策を練る必要があるでしょう。
ここからは、モデルベース開発を成功に導く5つのポイントを紹介します。
1.設計部門全体での人材教育は目指さない
中小企業がモデルベース開発を導入するにあたって、大きな障害となるのが人材不足です。MBEの普及を想定して、すでに人材教育を始めている企業も多いでしょう。
しかし、開発技術の習得には時間がかかるため、部門全体での教育は非効率です。まずは、プロジェクトを進行できる人材を確保することが重要なので、数人に絞って教育することを考えましょう。
知識やスキルを学ぶ場としては、外部のセミナーやイベントも有効です。さまざまな育成ツールを活用しながら、数人ずつ地道に育成をしてみてください。
2.設計部門のメンバー構成を見直す
前述の通り、モデルベース開発を導入すると工数が増えるため、現場には必ず負担がかかります。当事者から反発されることも想定して、あらかじめメンバー構成を見直しておきましょう。
なお、 現場の声に耳を傾けることは重要ですが、開発手法を大きく変える場合は、多少強引なプロセスが必要になることもあります。ボトムアップ型での改革が難しいと感じたら、トップダウン型に変えることも検討してみてください。
3.業務を効率化・自動化できるツールを導入する
現場からの反対を押し切ると、組織が崩壊してしまうリスクがあります。経営陣からの理解も必要になるため、業務を効率化・自動化できるツールなどを導入し、現場の負担を少しでも減らしましょう。
例えば、 検証を自動で行う3Dシミュレーターを導入すれば、シミュレーションやデータ収集の負担を軽減できます。特にデジタルモデルの設計者に対しては、手厚いサポートを考えてください。
4.プラントモデルの購入を考える
設計者の負担を減らす方法としては、プラントモデルの購入も有効です。プラントモデルとは、制御システムを搭載したシミュレーション用のモデルです。
プラントモデルは開発難易度が高いため、類似したものを購入するだけで業務負担は軽くなります。現時点では流通モデルが少ないものの、メリットを考えると試してみる価値はあるでしょう。
5.最初のプロジェクトだけで判断をしない
モデルベース開発では工数がかかるため、一つ目のプロジェクトは厳しい結果になることがあります。特に費用対効果で考えると、ほとんど採算が取れなくなるかもしれません。
しかし、モデルベース開発の効果が表れるのは、プログラムの作成より後のプロセスです。また、経験を積むほど設計者も成熟するため、作業効率や品質は徐々に上がっていきます。
この点を理解せずに成否を判断すると、従来の開発手法に戻したくなってしまいます。そうなると、これまで費やしてきた費用や手間が無駄になるので、 費用対効果は最初のプロジェクトだけで判断せず、継続的にチェックすることを意識してください。
MBE(詳細設計)の導入プランは現場を意識して考えよう
多くのシミュレーションや制御システムを必要とする業界には、MBE(詳細設計)によるモデルベース開発が向いている可能性があります。設計プロセスの工数は延びますが、コーディング以降の手間が省かれるため、思わぬ効果を得られるかもしれません。
ただし、モノづくりの工程を変える際には、現場からの理解が必須です。負担を現場に押しつけないように意識しながら、慎重に導入プランを考えていきましょう。
【こんな記事も読まれています】
・DX人材の育成方法とは?DXのメリットと戦略のポイント
・製造業における購買・調達業務とは?課題の解決方法も紹介
・サプライチェーン排出量はなぜ注目される?算定方法も含めて紹介