古河電工のものづくりDXを担う中核組織「DX&イノベーションセンター」。統合で見えた課題と新たな強みとは

創業1884年、140年の歴史を誇り、エネルギーや情報通信のインフラ、自動車部品やエレクトロニクスなど多岐にわたる事業を展開する古河電気工業株式会社(以下、古河電工)。同社では、2022年、もともと研究開発などを行ってきた部署と、情報システム部署を統合し、「DX&イノベーションセンター」が設立されました。出自が異なる部署がひとつになることで起こり得る課題を、どのように乗り越えてきたのか。そして、古河電工が目指すDXを組織としてどのように支えているのか。CCTのアドバイザーでもある福本勲氏とDXICセンター長の野村剛彦氏の対談が行われ、組織統合の経緯やプラスの効果などについて、お話を伺いました。

左より、福本 勲氏(合同会社アルファコンパス 代表CEO) 、野村 剛彦氏(古河電気工業株式会社 DX&イノベーションセンター・センター長)
左より、福本 勲氏(合同会社アルファコンパス 代表CEO) 、野村 剛彦氏(古河電気工業株式会社 DX&イノベーションセンター・センター長)
野村 剛彦氏
古河電気工業株式会社 DX&イノベーションセンター・センター長
1989年3月、京都大学卒業。同年に古河電気工業に入社し、化合物半導体(半導体レーザ、パワートランジスタ)のエンジニアに。2017年に研究開発本部解析技術センター長に就任し,先端分析・シミュレーション・AI/IoTなどの基盤技術の社内適用・推進を統括。その後、AI/IoT部門が独立して戦略本部に移管され、2023年には情シス部門と融合してデジタルトランスフォーメーション&イノベーションセンターが設立され、センター長に就任。
全社DXの推進組織の責任者として、デジタル技術を活用した“ものづくり革新”をはじめ、DX起案、AI/IoTソリューション構築、ICT基盤(業務アプリ、インフラ・ガバナンス)等を推進している。
福本 勲氏
合同会社アルファコンパス 代表CEO
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。同年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げに携わり、その後、インダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」を立ち上げ、編集長を務め、2024年に退職。
2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。
また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーをはじめ、複数の企業や一般社団法人のアドバイザー、フェローを務めている。
主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。2024年6月より現職。
(所属及びプロフィールは2024年11月現在のものです)

目次

  1. 「お互い何をやっているのかわからない」からのスタート 密な情報共有を行い、まずは理解するところから
  2. 使う技術からのエントリーではなくどこに課題があるのか、全体を見て本来の目的に沿った改革を
  3. 物理や化学ができる人にデータサイエンス教育を実施 伝統的に強い分野を生かした新たな人材育成

「お互い何をやっているのかわからない」からのスタート 密な情報共有を行い、まずは理解するところから

福本氏(以下、敬称略) 組織作り、人材の観点から古河電工のものづくりDXについて深堀してご質問をしていきます。最初に、野村さんがセンター長を務めるDXICは、どのような位置づけで何をする部署なのでしょうか。

野村(以下、敬称略) DXICの主な役割は、人材育成も含めたDXを進める「ものづくり」、それから実績とフォーキャストを把握した上での「高速経営」で、当社のDXを推進する中核組織になります。本部機能の中のひとつである戦略本部の中で活動しています。これらの役割を実行するために、センター内に「AIソリューション構築・データサイエンティスト育成」「ものづくりDXの企画・起案」「コーポレート機能の業務標準化・改革推進」「ITガバナンス方針策定と実行プロセス整備・ITインフラ企画推進およびデジタル人材開発」の4つの部があります。

福本 戦略的な取り組みの部分と守りの部分、かなり多岐にわたる領域を担っているんですね。DXICは、研究開発やAIによるイノベーションなどを担当していた部署と、情報システムの部署とが統合してできたと伺っています。どのような目的で統合されたのでしょうか。

野村 もともと、研究開発本部の中にDX推進やAIなどを担当する「デジタルイノベーションセンター(以下、DIC)」がありました。そして、戦略本部には情報システムの部署がありました。統合前は所属する本部がまったく異なっていたんですね。私はこのDICに所属していたので、ERPなどシステム系のことについてはあまり知りませんでした。しかし活動しているうちに、やはりシステムの部分もすべて合わせて進めていかないと、工場のシステム自体の老朽化の壁も乗り越えられないし、データのガバナンスも効かないなど、DXがうまく進まない課題を感じるようになりました。

これらを解消するために、DICがまず戦略本部に移動になり、2022年に同じ本部のひとつの屋根の下に配置されました。そして2023年に、部としても統合し、今のDXICの形になったのです。

福本 そもそも本部自体が異なる二つの部署を一緒にしたことで、例えば情報共有やそれぞれのドメインへの理解、それからマインドの醸成など、いろいろと障壁があったのではないかと想像します。どんな点を意識して新しい組織を作っていったのでしょうか。

野村 まずは「何をやっているのかわからない」ところからのスタートだったので、お互いの仕事を知ることから始めました。マネージャーレベルについては、管理職会や部長会をそれぞれ隔週で開催して部のトピックスを共有し、上位レイヤーでの理解を徹底しました。メンバーに関しては、全員を集めた集会をお互いの顔が見える場で開き、センター全体の方針や目標設定、具体的な進め方などを伝えました。

古河電気工業 野村氏
「ときどきみんなで飲みにも行きます(笑)。そういう業務に直接関係がないことも意外と大事だったりしますよね」(古河電気工業 野村氏)

さらに2024年は、週に1回、30分程度で、ちょっとしたトピックスや各部のナレッジなどを共有する場を設けています。こんなプロジェクトがあって、最近こんな結果が出ましたといった進捗報告や、なんとなく聞いたことはあるが、専門の人以外は実はよくわかっていない……といった業務や用語の共有などもしています。例えば情報システムの人にとっては当たり前の「MES」ですが、AI研究者にとってはそもそも一体どんなものなのか、わかっていない人がほとんどです。そうしたものを情報システム専門の人が解説したり、逆に「マテリアルズインフォマィクス(MI)」はこんな仕組みでこういうことができるというのを、AIの担当者が初めて聞く人にもわかりやすいように説明したり。専門性が異なるメンバーなので、少しでも相互理解が進むように、いろいろと試みています。それから、ときどきみんなで飲みにも行きます(笑)。そういう業務に直接関係がないことも意外と大事だったりしますよね。

使う技術からのエントリーではなくどこに課題があるのか、全体を見て本来の目的に沿った改革を

福本 2023年4月に組織を統合して、まもなく2年が経ちますが、野村さんご自身は今の状況をどう見ていらっしゃいますか。一つになった組織で進めないといけないDXの課題、今後やるべきことなど、お考えを聞かせていただけますか。

野村 当社のものづくりDXが目指す柱の一つである「データ環境を整える」点に関しては、経営データをしっかり見える化した上で最終的には経営ダッシュボードのような形を作りたいと考えています。

データの蓄積、分析を全社で一元的に管理する「データ統合基盤」を設置し、データ集約と活用の浸透を図っている
データの蓄積、分析を全社で一元的に管理する「データ統合基盤」を設置し、データ集約と活用の浸透を図っている(提供:古河電気工業)

本年度はまずSAPとセールスフォースのデータを連携させて、予算、見込み、実績などの可視化に取り組んでいます。最終的な形を実現するためには、上位層のデータも下位層のデータも見ながら進めていく必要があるので、全体を見られる人材をどれだけ確保できるかが、今後重要になってきますね。

他にも、設備データや生産管理データをどのように集めてくるのか、多くのグループ会社に対してセキュリティの規定をどう整備していくのか、課題はまだまだたくさんあります。

福本 組織の統合によって新たに出てきた効果や、シナジーが生まれたもの、事業面でも育成の面でもプラスと感じたものはありますか。

野村 メンバーそれぞれの視座が高まった点は、大きなプラスだと感じています。画像しか見ていなかったAIエンジニアが上のレイヤーも含めて考えるようになるなど、それぞれが自分の専門である目の前のことだけではなく、全体を俯瞰して見られるようになってきたと思います。

それから、同じ組織で働く仲間として関係構築できたことで、例えば工場から設備に関する要望が来たときに、「ITに詳しい〇〇さんも一緒に連れて行こう」とか、自然と連携がとれるようになりました。

製造現場などの担当者からすると、別にAIだろうがITだろうが関係なくて、「このものづくりをちゃんとブラッシュアップしてください」というのが我々に対する要望です。センターの中ですぐに協力できる体制ができたことで、ゴールに向けて多角的により良い進め方を検討できるようになっています。

福本 他の領域への理解が進んだことで、手段の目的化が起きないようになってきたとも言えるのではないでしょうか。エンジニアは、他を検討せずにまず専門領域や得意な技術で解決しようとしてしまいがちですが、実はそれ以外の方法が適しているようなケースも結構ありますよね。

アルファコンパス 代表CEO 福本氏
「エンジニアは、他を検討せずにまず専門領域や得意な技術で解決しようとしてしまいがちですが、実はそれ以外の方法が適しているようなケースも結構ありますよね」(アルファコンパス 代表CEO 福本氏)

野村 まさにその通りですね。例えば工場側から検査の効率化の要望が来たときに、AIのエンジニアだとまずモデルを作って……というところからスタートしてしまいます。画像を自動で見られるようにしようとか、決まったテクノロジーを使って最適化を始めようとしがちなんですね。本来はそうではなく、もっと全体を見て、どこに課題があるのか、どういう形を目指すのかを考えるところから始める必要があります。そこを設定せずに「画像AIを使って検査を自動化できるようになりました」といっても、目指すべき課題の根本的な解決になっていなかったら、意味がありません。

自分としても、そこをフォローできていなかったために、案件が途中で小さくなってしまったり、全体的な課題解決につながらなかったりした経験があります。それを防ぐためには、いろいろな知見を持っている人と一緒に取り組んで、業務の全体像や課題の本質から理解することが大切です。そしてDXを使って業務改革をリードする人材が今後ますます重要になってきます。業務改革の手段として、ITシステムとAIソリューションの両方が欠かすことのできないものであり、そういう意味でも、組織を統合してお互いの業務理解が進んだことは、良い第一歩になっていると思います。

福本 そこはすごく大事ですよね。逆に、事業部や工場などから「AIを使ってこれこれをして欲しい」といった要望が来ることもあるかと思います。そうした際に、それをそのまま進めるのではなく、「そもそも改革すべき点は何ですか」「何をやりたいですか」と聞くことから始められれば、小さくまとまらずに、得られる効果を最大限にできるはずです。

物理や化学ができる人にデータサイエンス教育を実施 伝統的に強い分野を生かした新たな人材育成

福本 人材育成についてはいかがでしょうか。DXをリードする人材や組織統合によって新たに必要になる人材を、どのように確保していくお考えでしょうか。

野村 当社のDXは、これまでお話ししたものづくりDXだけではなく、事業開発を含むコトづくりDXやデータを活用した事業運営まで多岐にわたります。役割も様々で、そこに応じた人材育成が必要になりますが、まずは当社でDXプランナーと呼んでいる、DXを企画・推進する人材を育てなければなりません。DXプランナーとは、デジタルでどういう課題を解決していくのか、まさに全体のプランを立てる人ですね。そもそもその業務のどこに課題があるのかを考え、DXによる業務改革をプランニングし、要件定義をします。DXに関する知見はもちろんのこと工場をはじめ現場のことをよくわかっていないといけませんので、育成が一番難しい人材でもあります。現在はいろいろな教育の仕組みを試行錯誤しながら、目標人数を設定して、育成を進めているところです。

古河電気工業 野村氏
「当社のDXプランナーには、DXと現場の両方の知見が求められます」(古河電気工業 野村氏)

他にも、AIで画像解析をする人やデータサイエンティストなど、技術的なスペシャリストも必要です。当社は金属から樹脂まで幅広い素材を扱っていますので、物理や化学に強い人材が比較的多く集まっています。物理や化学を理解している人がデータサイエンスで武装すると非常に強い人材になるため、大学でそれらを専攻していた人材に対してAIをはじめデータサイエンスを学ぶ機会を与えて、社内で育成をしています。また、当社の製品は通信や電力ケーブルといったインフラ系のものが多いのですが、当然ながら高い信頼性が求められます。そのため、どの程度の不良率が出るかを緻密に統計解析し、スクリーニングの条件をしっかり設定できる人材も実は一定数います。その人たちにDXICに来てもらい、データサイエンティストの核になってもらうなど、当社の伝統的な強さを生かした人材育成と活用を進めています。

福本 外部人材の活用については、どのように考えていらっしゃいますか?

野村 我々だけで手が足らない部分について、一部、外部の優秀な方や会社に協力いただいています。外部の力も借りながら、並行して内部育成をしている状況です。

それから最後に、一般ユーザーとしての社員のリテラシー向上も必要になってきますが、ここもまだまだ強化しなければならない課題がたくさんあります。例えば、生成AIを誰でも使える環境を整えたのですが、アンケートを取ってみると「実際に触ったことがない」という回答が多数ありました。こうした層に働きかけるために、各部門から手挙げ方式で推進メンバーを募り、DXを推進するためのコミュニティを作りました。DXになじみのない社員でも「自分にもできそうだ」と思ってもらえるよう、社内ポータルを活用して推進メンバー自らが使っているプロンプトを紹介したり、インタビュー記事を掲載したりしています。生成AIを使った議事録作成の紹介記事は3,000回以上、BIやRPAの使い方を紹介した記事はそれぞれ4,000回以上も閲覧されています。また、社内ポータルに掲載したDX事例集がきっかけになって、新しい案件が始まることも増えてきています。始める前はこれほど関心が高いとは思っていませんでしたが、今後もユーザー目線で情報を発信し、社内の啓発に努めたいと思います。

全社でDXを推進するためには、中核の組織がしっかりと成長することが必要です。統合したメリットを生かし、今後もDXを通して会社の成長に貢献していければと思います。

DX&イノベーションセンター

【関連リンク】
古河電気工業株式会社 https://www.furukawa.co.jp/
合同会社アルファコンパス https://www.alphacompass.jp/

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