欧州の取り組みを、日本のものづくりに活かすには?

「インダストリー4.0」は、提唱国のドイツを中心に欧州で進み、、従来のものづくりの枠を超えて、サーキュラーエコノミーやカーボンニュートラルといった社会課題の解決に向かって広がり続けています。インダストリー4.0が新しい世界を築こうとするなかで、日本が従来得意としてきた高度なものづくりは、どのような対応を求められているのでしょうか。

コアコンセプト・テクノロジー(CCT)のアドバイザーで東芝のデジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト 福本勲氏は、近著「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)で欧州の取り組みを紹介しています。当メディアでもお馴染みの福本氏に、執筆の背景や日本のものづくりの課題について伺いました。

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福本 勲氏
株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
アルファコンパス代表

1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+ITの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
(所属及びプロフィールは2024年1月現在のものです)

目次

  1. EUにみる非中央集権型のあり方と、ドイツにおける産業データの扱い方から学ぶ
  2. 部門や企業の壁を超えた連携が、なぜ必要なのか
  3. 「ROI主義」からの脱却を図るには?

EUにみる非中央集権型のあり方と、ドイツにおける産業データの扱い方から学ぶ

――このたび、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)を出版されました。当メディアでも多くの対談にご協力いただいていますが、福本さんは欧州を中心とする「インダストリー4.0」の取り組みについて、かなり調査を重ねていらっしゃいます。今回の執筆の背景をお聞かせください。

福本氏(以下、敬称略) デジタル領域のエバンジェリストとしての役割を担うなかで、ウェブメディアに連載の機会をいただいたり、所属先(東芝)のマーケティング部門でオウンドメディアを立ち上げたりしてきました。共著での書籍の執筆はこれまでもありましたが、今回は初の単著となります。

ものづくりでは今後、一貫したデジタル基盤が必要になっていきますが、日本企業は部門や企業を超えた連携にあまり積極的ではないと感じています。著書では特にエコシステムを重視しているドイツがどのような動きをしているのかを紹介しています。こういった動きを知ることで、読者の方々の気付きにつながればいいと思い執筆しました。

――欧州の中でも、とくにドイツに焦点を絞って書いています。

福本 ドイツはBtoB産業が強い国ですが、クラウド基盤やBtoC領域のデータは、アメリカのGAFAM(ガーファム:Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)に牛耳られている状態です。そのため、ドイツは今後、自国の産業データをどうやって活かしていくかに重点を置いているのだと思います。

またドイツを含むEU(欧州連合)は、複数の国家が集まってできた非中央集権型(ディセントラライズド)な組織です。その中で、現状の違いを認識しながら、未来に向けてどうしたら一緒にやっていけるかという議論を続けており、エコシステムの重要性についても注視しているのだと思います。少子高齢化に伴って労働人口も減り、国内市場も縮小している日本にとって、EUの取り組みは参考になると考えました。

――ドイツで開かれる「ハノーバーメッセ(製造業のための国際展示会)」には、昨年(2023年)も行かれたと聞いています。最近の傾向はどのような感じなのでしょう。

福本 ハノーバーメッセは世界の最大規模の見本市の一つです。新型コロナウイルスの流行でオンライン開催や中止になった時期を挟み、2010年代中盤以降は毎年参加しています。2011年にドイツがインダストリー4.0を発表しましたが、当時はコンセプト型の展示が多かったそうです。その後、IoTでデータを収集し、利活用していくようなデモ展示が増えました。そういった時期を経て、最近ではカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーといった社会課題に対してインダストリー4.0でどの様に取り組むべきかといったことなどが重要視されてきています。大きな社会課題に対して一社で取り組むのではなく、企業や業界を超えたエコシシテムを構築する流れが主流になってきています。昨年はハードウェアやソフトウェアで構成されたポートフォリオ、およびパートナーとマーケットプレイスをつなぐ強力なエコシステムを備えたオープンデジタルビジネスプラットフォーム(エコシステム)の具現化が進んでいる印象を受けました。

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部門や企業の壁を超えた連携が、なぜ必要なのか

――部門や企業を超えた連携の必要性について、福本さんはかねてから強調されています。改めて詳しくお話しいただけますか。

福本 従来のものの制御は、中にあるハードウェアによるものが中心であり、ものの品質を製造現場での作り込みによって左右することが可能でした。「匠」と呼ばれる高度熟練技能者のノウハウの深化が、日本の製造業の競争力向上を支えてきたといえます。

一方、昨今はソフトウェアによる制御、ソフトウェア・デファインドと呼ばれる取り組みが進んでいます。理由の一つとして、顧客の利用開始後に、その用途や環境に合わせてものを進化させ、顧客経験価値を高めるといった発想が挙げられます。機器の機能、動作、顧客経験などを短いサイクル・多頻度で組換え、新たな顧客価値を創出することが得意なのはソフトウェアです。利用開始後にものが進化をすればものを使える期間も長くなり、サステナブルの面にも貢献するというメリットもあると思います。

――では、現場力が強い日本企業にとっては、不利な状況なのですか。

福本 ものづくりの現場で品質を作り込めなくなるという点においては、日本からみるとデメリットになる面もあると思います。欧米と日本を比較して大きな差があるのは、エンジニアリングチェーンの企画から製造まで、ものづくりのための情報がデジタルで一気通貫につながっているかという点です。

どちらが良いとか悪いという話ではないのですが、日本は設計と製造が分断されている企業が多いと思います。これは、先ほども述べたように現場で作り込みができるという製造業の文化的な背景の違いもあると思っています。日本のものづくり現場の人たちは、設計を参照しながら、更にものの品質を高める人たちなのだと思います。一方、そういう人たちのノウハウが、長期間にわたって人から人へと伝承されてきたので、見える化や形式知化が得意でない面もあると思います。

これに対し、欧米系の企業では設計通りのもの作りが求められます。ジョブディスクリプション(職務記述書)によって分担が明確に決まっているので、設計されているものを製造現場で調整することは、あり得ないわけです。従って、設計段階での作り込みやシミュレーションが非常に重要視されてきました。

また、新型コロナウイルスのまん延や、米中対立、ロシアによるウクライナ侵略などによるサプライチェーンの分断リスクに対応するためには、サプライチェーンを柔軟にしていく必要があります。更に、ESGにも対応しないと、投資家が評価してくれません。こういった状況で、これまでの日本企業の強みが足かせになっていく可能性も出てきます。

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「ROI主義」からの脱却を図るには?

――ドイツを中心とした欧州のトレンドを中心に伺ってきましたが、福本さんご自身のことについてもお聞かせください。福本さんは、東芝の副業人材「一期生」だそうですね。

福本 東芝は、2020年度からトライアル的に副業を認めるようになり、今年(2023年)度から本格導入しています。私は、トライアル初年度に副業を届け出ました。個人事業主の屋号「アルファコンパス」には、色々な方にとってのプラスアルファの羅針盤になりたいという思いがあります。ただ、私としては、本業・副業を区別しているわけではありません。常に、すべてを「本業」として取り組んでいます。

ちなみに東芝では、製造業務のお客様向けのソリューションビジネスをやってきました。工場のBPR(Business Process Re-engineering)とか SCM(Supply Chain Management)ですね。ERP(Enterprise Resource Planning)CRM(Customer Relationship Management)、産業用IoTなどのソリューション事業にも関わってきています。この中でも一番長い期間取り組んだのがCRMで、自社のソリューションを立ち上げたり、導入コンサルや大型プロジェクトのマネジメントをしたりという経験が今も大いに生きています。

CRMにおいて、顧客の経験価値を高めることは極めて重要だと思っています。たとえば、BtoBの場合は製品寿命の長いものが結構あります。こういった製品を扱う企業の場合は、営業担当より、アフターサービスの部隊がお客様と付き合っている期間の方が長かったりします。アフターサービスにおいて、顧客情報を軸としたデータの一元管理は、ビジネスに欠かせません。「この顧客は自社のこの製品とこの製品を買ってくれていて、今回はこの製品の故障があったが実は数日前に別の製品の故障があった」といったことが分かっていないと、お客様に悪印象を与えてしまうかもしれない。また、「ここには他社の製品が入っている」「ここはホワイトスペース(顧客ニーズとソリューションのギャップ)だ」などといった情報も然りです。

――著書では、DXを進める上で克服すべきこととして、ROI(投資利益率)ありきで経営判断を行う「ROI主義」を指摘しています。

福本 「ROI主義」により新しい取り組みに対して、先例を求めるという傾向が出てきます。新規の取り組みを進めると、目先のROIに保証がないので、思い切った投資がしにくいのです。日本は特にこの傾向が強いと思います。また、DXを進める上で経営者がすべきもっと大事な仕事は、自社の存在を未来視点、パーパス視点で考えることだと思います。マネージャー層に検討を任せても、それぞれの担当範囲が限られており、どうしてもコスト削減や品質改善、操業改善といった目先の改善施策に目が行ってしまいます。経営層の啓発や、マネージャー層の意識レベルを高めていくことも今後、大事になっていくと思います。

そういう意味では、トップダウンでもボトムアップでもないミドル・アップダウン・マネジメントは日本に向いているのではないかと思います。トップが経営判断しつつ、部下もトップに提言を行う。日本企業は、やると決めたら早いです。ただ、決めるまでが長いだけだと思っています。

――読者の方に、メッセージをお願いします。

福本 私が著書で述べたことを、自分ごとにおきかえて、それぞれの方が考えるきっかけになったら嬉しいなと思いますね。

――貴重なお話をありがとうございました。

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【関連リンク】
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