3Dプリンタの活用から見る日本の製造業の課題とは|三森幸治代氏インタビュー(下編)

革新的な技術で効率的かつ柔軟な製造プロセスを提供する3Dプリンタ。その技術は、サプライチェーンなど多方面に大きな影響を与えつつありますが、日本の製造業がこの技術を活用するためには、さまざまな課題を克服する必要があります。

日本に必要なものは何なのか、前編に続いて3Dプリンティング産業技術協会の三森幸治代表理事にお話を伺いました。
(前編はこちら)

三森 幸治氏
三森 幸治氏
1982年 北海道大学大学院 精密工学修士 修了
1982年 ソニー株式会社 生産技術開発部
2005年 ソニー株式会社 光デバイス第1事業部 事業部長
2007年 ソニー華南有限公司 (中国・広州市) 総経理
2015年 株式会社ストラタシス・ジャパン シニアマネージャー
2020年~ AMstage (個人事業) 技術コンサルティング
2022年~ 日本3Dプリンティング産業技術協会 代表理事

目次

  1. 課題も山積み。さらなる普及に向け、日本に何が必要か
  2. 国内の人材不足を解決するため、教育や認証制度も必要
  3. レンズ製作も可能に。注目の海外先行事例
  4. 今までにないものを今までにないやり方で、そして全く新しい世界を生み出す

課題も山積み。さらなる普及に向け、日本に何が必要か

――今後、さらに3Dプリンタの活用が見込まれる業界や分野はありますか。

三森氏(以下同)  軽量化できるという点は3Dプリンタの大きな強みなので、航空機に続いて、車も主流になっていくのではないでしょうか。スポーツも相性が良いですね。たとえば、ウィンタースポーツでいうとスキーのビンディングやフィギュアスケートなど、動きの激しいものやジャンプする競技は、軽量化のメリットが大きいですね。

それから軽量化と合わせて強みになるのは、カスタマイズができるという点です。要は金型がいらないので、その人に合わせたものを個別に作ることができます。そのメリットを活かして、今、歯科領域ではかなり活用が進んでいます。特に売れているのが、矯正で使う、3Dプリンタで作ったマウスピース型装置です。こうしたn=1のものづくりも、3Dプリンタが適した分野ですね。今後、歯科に限らずメディカル、医療の領域などでも、活用が進むことが期待できます。

――軽量化、個別化といったメリットを活かして、日本でさらに3Dプリンタの活用が進むために、解決すべき課題はありますか。

課題もたくさんあります。まず、まだまだ3Dプリンタの精度に関して、不十分と言わざるを得ない部分があるのは事実です。たとえばiPhoneのいわゆる側、外を囲っている部分は、おそらく図面に対して生じる誤差が±0.05ミリぐらいの実力で現在製造していると思います。それに対して3Dプリンタの実力は、±0.2ミリぐらいの精度です。ですから、今のやり方では、作れないというのが現状です。

しかし、必要なのは発想の転換です。複数の部品を組み合わせて作るためには、それだけ高い精度が必要だと考えられがちですが、そもそも部品を組み合わせるのではなく、一体化してしまえば、それほどの精度は必要ありません。

なぜ複数の部品を組み合わせているのかというと、中身の加工ができないからです。iPhoneの中身は、外側が一体化していると作ることができません。しかし、3Dプリンタであれば、完成した中身があって、あとから表面層のSKINをプリントするという作り方が可能になります。現在のような寸法精度は不要ということです。

――作り方から変えてしまうのですね。

そうですね。そうしたゼロベースの発想をすれば、ブレークスルーを起こせる領域がまだまだたくさんあるのではないかと思います。

それから、3Dプリンタの強いメーカーが国内に出てくるかどうか、これも重要なポイントです。日本のものづくりの良い点でもありますが、国内の製造業は、あらゆる点にこだわり、わずかでも気になるところがあるとそこでストップしてしまいます。製品を作る側の全てを知りたいエンジニアと、それに徹底的に付き合って検証していくことができる3Dプリンタのメーカー側のエンジニア、双方がそろうと、海外の先行事例だけでは不安な点を解消でき、品質の積み上げが期待できるのではないでしょうか。

国内の人材不足を解決するため、教育や認証制度も必要

――国内にそうした人材が不足している中で、どのような対策が必要になってくるでしょうか。

そこに対しては今後、やはり教育とか認証制度などが必要になると思います。教育に関しては、20代30代といった若手はもちろんですが、人生100年時代になってきたので、70代や80代のリカレント教育もあり得ますね。年代を絞らず幅広い教育体制を整えることで、業界全体として人材のすそ野が広がるのではないでしょうか。

3Dプリンタは、大きく7つの方式があります。それぞれに対して、たとえばオペレーションレベル、トレーナーレベル、業界全体を熟知して意見が言える黒帯レベル、という具合に細かいランクづけができる形が望ましいと思います。そうした仕組みができれば、最近の流動性ある人材市場の中でも有効に活かせるのではないかと思います。

――なるほど。雇う側からしてもわかりやすいですね。

そうですね。もう1つ挙げると、先ほどお伝えしたように、非常に堅実だという日本の製造業の特徴も課題です。良い面もあるのですが、この堅実さが新しいものにポンと飛び乗れない風土につながり、安全性や性能を着実に積み上げてからでないと、3Dプリンタのような技術がなかなか広がらないという空気がありますね。

それに対して海外はどちらかというと、とりあえずやってみて、できたら勝ちだという文化を感じます。船が沈みそうなときにどうやってみんなを船から脱出させるか、という例え話がありますが、アメリカ人は「最初に飛び込めばあなたはヒーローですよ」と言うと、われ先にと船から飛び降りますが、日本人は「もうみんな出て行ってあなたが最後ですよ」と言うと慌てて出て行く、というものです。国民性をよく表していると思いますね。

現在、海外の先行事例がかなり出てきているので、そうした周囲の動きを見て、じわじわとですが国内でも3Dプリンタを使ってみようというところが増えています。日本で本格的な使用が始まれば、品質という面でも着実な積み上げが期待できるので、国内で大きな動きがあるとあとは早いのではないかと思います。

レンズ製作も可能に。注目の海外先行事例