日本を代表する産業である製造業。その製造業が、カーボンニュートラルや労働人口の減少、技術継承など様々な問題でDX(デジタルトランスフォーメーション)が求められている状況にある。世界的なESG対応の潮流など、対応しなければならないことが山積するなかで、目の前のDXだけでなく、「その先」までの視野でもって事業改革に取り組むことが求められていると言える。
今回、DXの最前線に立つ3者が、製造業におけるDXの現状を踏まえつつ、ESGに対応した新たな製造業の事業運営の在り方について、議論を交わした。
※本対談記事は、2022年5月13日に実施した弊社主催のオンラインイベントを元に作成したものです。
【登壇者】
・CCT 田口:株式会社コアコンセプト・テクノロジー 取締役CTO 田口 紀成
・IX 八子:株式会社INDUSTRIAL-X 代表取締役 八子 知礼
・東芝 福本:株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト 福本 勲氏
製造業におけるDXの現在と課題
CCT 田口: まずテーマの1つである「ものづくり企業におけるDXの現在」を、専門家のお二人からもお話しいただければと思います。
今なぜ製造業にDXが必要なのかというところのポイントですが、製造現場のノウハウ継承が困難とか、競争力の維持、製品の変化への対応、業務のリモート化ニーズの拡大、などが話題となってからある程度時間が経ってきています。福本さんとしてはどのようにお考えでしょうか。
東芝 福本: まず一つ目の課題は日本で生産年齢人口が大きく減ってきており、今後も減り続けるということです。今まで日本の製造業は、匠のノウハウを長年にわたる実地経験の中で「人から人」へ継承することにこだわってきました。これからはデジタルに継承できるものは「デジタル」に継承していかなければならないのではないかと思います。
また、日本の製造現場では未だに何十年前の機械が動いていたりしています。海外ではゼロベースで最新設備が入っていたりしています。
こういったギャップがあるにもかかわらず、日本のものづくりの競争力を維持しなければならないということもありますし、製品が複雑化し、ソフトウェアの制御の範囲が増えてくると、製造現場で品質などを作り込んでいく事が難しくなっていきます。 お客様にものを納めた後、例えば遠隔でソフトウェアの更新などを行うことによって、お客様の環境や使い方に合わせてものを進化させるといったことまでを含めたサービスやものづくりも考えなければいけません。
更に、新型コロナが蔓延をしてきてもう2年以上経つ訳ですが、コロナ禍でリモートでの作業支援やメンテナンスサービスの仕組みづくりが必要になってきています。これはBEYONDコロナにおいても継続をしていくと思います。これらの対応をどの様に推進していくかといった課題もあると思います。
IX 八子: 私が感じているのは、DXに取り組んでいる会社とそうでない会社が二極分化してきたなということです。これは会社の規模の大小はあまり関係なく、小さな会社でもDXに取り組んでいる企業は、非常に先進的に取り組んでおられます。
もう一つ、日本の場合には強く人に依存したものづくりをしています。論点の一つに、「ノウハウの継承が難しくなってくる」のはご高齢になってリタイアされた方々が出て行ってしまわれると、他人に依存していたが故に、技能が継承できないわけですけれども、だから今からいきなりITを入れるのかと、DXをやるのかと言うと、実はその製品・商品そのものを変えていかないと変わりません。 ところが、まだまだ大量生産の段階のプロセスを引きずり、人に大きく依存したままで外側だけ変えようとしてもうまくいきません。そして技能者がリタイアしていく中でもまだ昔のものの作り方・プロセスをやっておられる現場に突然にITが入っていたとしても、結局は優れた方たちの保守・メンテナンスに依存していることもあります。 矛盾を抱えたプロセスでは属人的のままで、ITを入れるにも入れられない、そういったことが大きな規模の会社になってくると非常に大きな問題になってしまい、どこから手を付けていいか分からないという風になっており、その状態が顕著なんじゃないかと捉えています。
東芝 福本: ビジネスプロセスが個々の現場に部分最適化されている、という課題もあると思います。企業の中のバリューチェーン、あるいは企業をまたいだサプライチェーン全体の中で、本当に最適な仕組み化ができてきたかというと、決してそうではないと思います。
IX 八子: 例えば、ある一つの工程に関してものすごく得意な職人がいたとき、その人の生産性が、通常の工程だと100に対して、得意な部分だと120くらいになるとすると、他がボトルネックになってしまいます。なので、優秀な方であればあるほど、実は全体最適に対する阻害要因になってしまうという状態的矛盾がおきるときもあります。 もっと生産性を上げろ、技能を上げろと言われて技能を極めた結果として、お前がボトルネックだと言われてしまう。しかし、もっとゆっくりでいいと言われるとモチベーションが下がりますよね。全体の工程を見渡した時の最適化の形がまずあり、それがちゃんと見えている状態をつくることが重要なんじゃないかと思います。
東芝 福本: 例えばデータを部門を跨いで活用しようとしたとき、個々の部門ごとにデータの粒度が違うようなことがあると、複数部門を跨いだデータの可視化ができないといった課題に繋がっていきます。全社でデータの粒度をあわせるような取り組みも大事になります。
製造業においてDXが成功する組織とは
CCT 田口: 組織の中で、それぞれで見ていくとずれていたり、やっていないところが出てくる中で、どうやってコミュニケーションを揃えるのかといったことが難しいと思うのですが、具体的にどういう施策を取っている所がうまくいっている、など何かありますか。
東芝 福本: 去年(2021)の10月に情報処理推進機構(IPA)がDX白書を発行しています。ここには企業のDXへの取り組み状況の日米比較が出ているのですが、日本ではDXに取り組んでいる企業は55.8%であるのに対して、米国で79.4%と大きな差がついています。業種別に見ると、情報通信業と金融業においてDXの取り組みが進んでいるという点で日米の傾向は似ていますが、製造業の割合に関しては日米差が大きくなっています。では製造業のDXの取り組みがなぜ進んでいないのか、解決に何が必要なのかについて、3点ほどお話ししたいと思います。
1点目はIT化やデジタル化が目的になっていること。そうではなく、ビジネス変革後の自らの存在意義を未来視点・パーパス視点で描き、それをデジタルでどう実現するかという順番で考えなければなりません。
2点目は、IT人材が自社にいないため、ITベンダーに依存していること。過去のIT人材白書にも書かれていたように、欧米との比較では、日本だけがIT人材の大半がベンダー側にいる、そうするとITベンダー依存するのはある意味仕方がないのですが、コストコミットをして、請負でベンダー発注をしているような従来型の形態では、ベンダー側もユーザがあらかじめ発注したものを作ることだけが契約上の仕事ということになります。これを解消するためには契約形態そのものを変え、ベンダー側もユーザの未来を自分事として捉えることができるようにしていかなければなりません。ユーザ側も自社内で人材を確保・育成をして内製化をしたり、あるいは内製化できないまでも、ベンダーの技術職に対して判断や評価までは可能なように対応していかなければなりません。
3点目は、取り組みが既存ビジネスの延長線上での効率化、現場レベルの業務改善に偏重する傾向がある点です。顧客や社会の側に立って価値をどうやって高めていくのか。そのためにサービスを含めてどうやって行動転換していかなければならないのか。こういう視点が重要になってくるのではないかと思います。
CCT 田口: 個別最適な形では進むところもあれば、一方で課題を挙げられていたようにIT化・デジタル化が目的になってしまうといった話だったりと、組織の中でゴールを設定してやっていくことがうまくいかないところも多いと思えます。 うまくいっている所はどういう組織なのか、どういう決定、プロセスがあって、そういう風に運用できている所なのか、何かありますか。
IX 八子: 工程であれば工程、複数の工場であれば複数の工場、もしくは海外の工場が複数跨るようなサプライチェーンの場合は、それらを俯瞰して捉えることができること。尚且つ、出来るだけリアルタイムでデータで、そのデータをそれぞれの部門で隠すことなくオープンにして、それをみんなで見ることができ、一つの情報、ファクトに基づいて、バッファを持つことなく議論することができている会社は比較的うまくいっているなと思います。IT人材が社内にたくさん居るところがうまくいっているという訳ではありません。 もう一つは、このままいくと自分たちのビジネスはどうなってしまうかという危機感を持っている会社もうまくいっています。
東芝 福本: 全体を俯瞰して見ることができているかが大事だと思っています。自分の担当している部分だけを見るのではなく、全体を通して、まわりは何を今やっているのか、工場全体はどうなっているのか、サプライチェーン全体はどうなっているのか、そういう視点で見る。そして、きちんとデータの時系列を揃えて、粒度を揃えて、データを隠すことなく皆が共有できる状態にすることが大事ではないかと思います。
もう一つ大事なのが、顧客や社会が求めている経験価値は何なのかということを、顧客や社会の側に立って考えてみることだと思います。そういう視点を持つ企業が、全体最適の視点での取り組みもできるようになるのではないかと感じています。
CCT 田口: お話にもあった通り、「データ」というものが一つポイントになると言えます。 人がすべてを網羅して何かをするということ自体そもそも難しく、大規模になればなるほど難しい。それをある程度見えるような形にして、KPIをある程度設定して、見えるようにするということで、全体最適のような、全体を俯瞰することがまずできるようになると思います。そういったことが一つスタート地点に立つポイントなのかと思います。
実際できている企業もあれば、これから取り組む企業もあると思うが、これからのところはどういうことから始めるといいと思いますか。
IX 八子: いわゆる「見える化」するということだと思いますが、その前の段階で、どういうところで困っているのかというところを現場の方々から聞くと、自分の担務している目先のところで困っているとおっしゃる。これを経営者の方に聞くと、経営者の方たちは現場のことには全く興味がなく、どこの工場がとかどの製品がとかコスト削減がしたいといった非常にマクロな観点で話されます。 マクロな観点を工場レベル・プロセスレベルまで落とした時に、何に困っているか。そういった構造的な課題がある中で何が本当に困っているかということをきちんと把握しておくことが重要だと思います。
DXを部分最適で終わらせないために
東芝 福本: PoCに取り組むときに陥りがちな課題なのですが、PoCを、どの工場のどのラインのどのマシンでやるかといった話をされる方が時々いらっしゃいます。これでは当然、効果も限定され、より広範な取り組みに発展させる次のプロセスにもつなげにくくなります。まずはきちんと全体像を押さえて、その全体像をコンパクトでよいのできちんと網羅することが大事です。
CCT 田口: 進めていく過程で、求められる物はAIでこういうデータを分析したいというニーズは頂きますが、実際に何を解決して、会社の何を変えたいという議論がないと、それをできたとしてもどう繋がっていくという話に中々続きません。そうするとPoC疲れという言葉につながってしまいます。そこをもう少し大きな枠組みで捉えるべきということを現場ですごく感じます。
どういう課題があるのか、結局その中で目指したい、確信したいことは何なのかというテーマをきちんと捉えないと、変えられないし変えていっても部分最適になってしまって、会社としては成果があまり変わっていないということになってしまいます。
東芝 福本: 部分最適になってしまう、あるいは、特定のテクノロジー、例えばAIを導入することだけが目的になってしまうといった例が時々見られますが、そうではなく、自社の未来、解決すべき課題をまず考えるべきだと思います。
IX 八子: 外観検査をAIでやってうまくいっているという事例を聞いたとか、そういうソリューションを提案されたということを聞きます。よくよく聞いてみると、そこは困っているか、どれくらいエラーが発生しているか聞くと、手間はかかっていると答えます。品種が多いのかと聞くと、品種はあまりありませんと答えます。そうするとそこが問題ではなくて、受注のところなどもっと標準化できるところに金を投じた方がいいのではないかという話があると、それもそうかもしれないともなり、個別の議論を続けるようになってしまいます。
CCT 田口: 結局仕事の流れ、スループットを上げるため生産性を上げるのですが、そもそも入ってくる利の方が少なかったら上げる意味がないという話になってしまいます。まずは全体を見て何からやるべきなのか、施策自体もプライオリティをちゃんとつけてやっていくということが必要です。
東芝 福本: 無理にデジタル技術の適用だけを進めるとバリューチェーンが小さくなって逆に利益が減ってしまうことがあります。バリューチェーンを再定義して幅を広げるということを同時にやらなければなりません。
IX 八子: 「魔のデッドロック」と呼称する現象があります。これは、デジタルだけ進めると設備が古くてボトルネックになる。設備を新しくしようとすると、その設備じゃないとだめだという現場の人がいて、そうすると人もボトルネックになりうるし、モノもボトルネックになりうるし、デジタルもボトルネックになってしまいます。 この三つは完全に相互に牽制し合うデッドロックのようなもので、デジタルだけでなくフィジカルのところも入れ替えなければ、基本的には人でやっていることをロボットに入れ替えたりとか、もしくは人のマインドセットをどうやって変えていくのか、もしくはそういった自動化されたところで従事されている人たちに対して、心理的安全性を担保した上で改革を進めていく必要があります。
東芝 福本: 人がやっていたものをデジタル化した時に、ある仕事はデジタルによってなくなるかもしれませんが、新しい仕事が生まれるかもしれません。それに人が対応していくためには「エデュケーション」や「リスキリング」が必要です。日本の企業は、会社に入ると「トレ-ニング」しかやらない。継続的に「エデュケーション」や「リスキリング」に取り組むことも大事だと思います。
CCT 田口: そういったことも含めて、全体を俯瞰して、課題、ポイントとなるが何なのかをきちんと見定めて、トップダウンで改革していくことが必要になってきていると感じます。
(続きは「【CTO対談】製造業におけるDXの“その先”へ ~後編:製造業のESG対応の今後について」にて)
代表取締役
松下電工㈱、外資系コンサル、デロイト トーマツ コンサルティング執行役員パートナー、シスココンサルティングサービスのシニアパートナー、㈱ウフルのIoTイノベーションセンター所長兼エグゼクティブコンサルタントを歴任。 通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、顧客/商品/マーケティング戦略、バリューチェーン再編等を多数経験。MCPC、IT スキル研究フォーラム、新世代M2Mコンソーシアムでの委員、理事などを歴任、2019年4月にINDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役に就任。 CUPA(クラウド利用促進機構)運営委員・アドバイザー、日本英語教育検定協会理事、mRuby普及促進協議会アドバイザーを務める。著書に「図解クラウド早わかり」「モバイルクラウド」、2022年3月に「DX CX SX」を出版。
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」、「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。