ドイツ政府の主導で始まった「インダストリー4.0」の発表から10年以上が経過し、日本のモノづくりの現場も試行錯誤を重ねながら、「インダストリー4.0」が掲げる世界感の実現に向けて取り組みを進めています。こういった中、AIの領域における昨今の動きは、ChatGPTの躍進にみられるように、めざましいものがあります。持続可能な社会へと向かう「第4次産業革命」において、AIはどのような役割を果たすのでしょうか。そのために日本の製造業が活用すべきリソースは、いかなるものなのでしょうか。
今回は、2023年4月25日に開催されたウェビナー「ネクスト・インダストリー4.0 AIはキーテクノロジーとなり得るか」の内容を再構成したダイジェストをお届けします。
<鼎談メンバー>
1998年、東京大学理学部物理学科を卒業後、日本ヒューレットパッカード社に入社。2003年にはカリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院経営学修士(MBA)を取得。日本ナショナルインスツルメンツ社を経て、2011年からベッコフオートメーションの日本法人の代表取締役社長に就任。
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」、「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+ITの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
(所属及びプロフィールは2023年4月現在のものです)
目次
社会課題の解決に向かって変ぼうする「インダストリー4.0」
田口(以下、敬称略) 今回は、「ネクスト・インダストリー4.0 AIはキーテクノロジーとなりうるか」というタイトルで、お話ししていきたいと思います。川野さんは「インダストリー4.0」を日本に持ち込んできた方です。インダストリー4.0の「現在地」について、どのように川野さんの目に映っているのか、また、日本に紹介した当初はどうだったのかなどについて、お話しいただければと思います。モノづくりに関してはまず、福本さんからお話を伺いたいなと思います。
福本 ドイツでインダストリー4.0が発表されたのは、ベッコフオートメーション(日本法人)が創立されたのと同じ2011年の、世界最大級の産業見本市「ハノーバーメッセ」でした。当時、サイバーとフィジカルが融合した新しい世界、サイバーフィジカルシステム(CPS)を実現していくということで、2035年くらいまでの長いロードマップを持つドイツの国家プロジェクトとして発表されました。
インダストリー4.0の取り組みは着実に進んでいると思うのですが、2019年あたりから少し状況が変わってきているように思います。オートノミー(主権・自律性)とかインターオペラビリティ、サステナビリティということを強く訴えるようになってきているからです。インダストリー4.0の推進団体は、サステナビリティとスマート製造というユースケースシナリオをどうやって提供していくかについても発表しています。またEUの欧州委員会は2021年、「インダストリー5.0」に言及し、「ヒューマンセントリック(人間中心)、サステナブル、レジリエンス」が、キーコンセプトであるとしています。
2011年にインダストリー4.0が発表されたころは、ハノーバーメッセにおいても「どういう世界を実現していくのか」というコンセプト訴求型の展示が多かった印象です。その後はIoTプラットフォームを活用し、IoTの情報を例えば産業機械や社会インフラから収集し、活用していくような展示が増えてきました。
去年(2022年)ぐらいからの動きを見ていると、各社によるIoTプラットフォームの訴求は減り、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーといったより大きな社会課題を解決するための「業界」をまたいだエコシステムの実現に向けた訴求が目立ってきています。サステナブルやレジリエンスを強調する流れも、更に加速をしていくのではないかと思っています。
「標準化」を進めるところにイノベーションの源泉がある
田口 ESGやカーボンニュートラルなどのキーワードが出てきており、その達成のためにモノづくりにおいてもサプライチェーンの改善などが求められています。福本さんから見ると、インダストリー4.0から連続的につながっているように見えるということですか。
福本 はい。
田口 そうしますと、当初の目標からずいぶん拡大されたようにも聞こえますが。
福本 発表当初より、インダストリー4.0のコンセプトはさまざまな社会問題の解決であり、工場のスマート化にとどまるものではありません。日本ではデータを用いた工場内諸問題の解決に視野が行きがちでしたが、ここ数年のハノーバーメッセの主テーマのように地球温暖化という社会問題に対してインダストリー4.0で取り組もうという動きがはじまることで、その本来の価値が徐々に明らかになってきているということではないかと思います。だからこそ、長期のロードマップを描いて着実に進めていく。ドイツ人らしいと思うのですが、ドイツ企業にいらっしゃる川野さんはそのあたりをどうお考えでしょうか。
田口 現在地を知る上でも伺いたいですね。
川野(以下、敬称略) インダストリー4.0が始まった2011年以降、おそらく日本で最も注目されたのが2013年とか14年くらいだと思います。
福本 水平方向と垂直方向、両方を連携しなければいけないという訴求がそのころに強まりましたよね。
川野 振り返ると、正直なところバズワードとして注目され過ぎてしまいました。ただ、逆に狙っていた面もあったと思うので、その意味ではうまくいったのではと考えています。
田口 まずはバズワードとして、一定のバリューを発揮した部分はありますね。
川野 インダストリー4.0でドイツが意味するところの標準化とは基本的に、イノベーションのことなのです。特にメルケル首相(当時)がおっしゃっていたのは、技術開発を進めて、その上で業界からの支持が得られるような形で標準化をしていく。それ自体にイノベーションの源泉があるのだという、非常に明解なメッセージでした。イノベーションには色々な定義がありますし、解釈がありますけれども、ドイツの産業界にとっては、標準化に載せていくということがイノベーションなのだと。
ただ、メッセージは明解だけれども、これだけで皆が取り組むかというと、必ずしもそうではない。そこに、インダストリー4.0というブランドというか標語にメッセージを載せることで、世界中から注目をきちんと集めることができた。それによって標準化を進められるようになったという点では、なかなか真似できないアプローチだと思いますね。
福本 デジュール標準化やデファクト標準化は、要素技術を積み重ねてできあがるものではないと思います。インダストリー4.0のように全体のアーキテクチャを大きく描いて、自分がその中でどの役割を担っているのかを分かるようにしていくという、このやり方が非常に上手だなと思います。