インダストリー4.0が本格的に始動してから、2023年で10年。この間、 日本のものづくりの現場はどう変わり、また変わらなかったのか。日本の製造業が本来の力を発揮していくために、乗り越えていく壁は何なのか。「ものづくりDXのプロが聞く」は、コアコンセプト・テクノロジー 取締役CTO兼マーケティング本部長の田口紀成氏が、製造業および関連業界のリーダーを迎える対談企画。第1回目は、ベッコフオートメーション(日本法人)の代表取締役社長 川野俊充氏をお招きし、現時点の日本の取り組みを概観しながら、今後の展望について語り合った。インダストリー4.0を提唱したドイツに本拠地を構える企業の日本法人代表として精力的に活動し、「エバンジェリスト」としても知られる川野氏は、10年間の歩みをどう見ているのか。
<対談者紹介>
1998年、東京大学理学部物理学科を卒業後、日本ヒューレットパッカード社に入社。2003年にはカリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院経営学修士(MBA)を取得。日本ナショナルインスツルメンツ社を経て、2011年からベッコフオートメーションの日本法人の代表取締役社長に就任。
2002年、明治大学大学院 理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2015年に取締役CTOに就任後は、ものづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画/開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織/環境構築を推進。(所属及びプロフィールは2023年4月現在のものです)
目次
「空気のような」インダストリー4.0、その二つの意味
――インダストリー4.0について導入に向けた提言書がドイツで発表され、「プラットフォームインダストリー4.0」が設立されたのが2013年4月。ちょうど10年が経過しました。
田口 川野さんはこれまで、インダストリー4.0について講演するなど、たくさん活動されていらっしゃいます。10年経ってみて今、どのように進み具合を見ていらっしゃいますか。
川野 バズワードとしての役割は終えましたね。単語そのものが注目されることは、もはやなくなりました。インダストリー4.0の重要なコンセプトのひとつである標準化については、より範囲の広いスマート化やデジタル化など、誰もが当たり前にやるべきことだという認識になってきています。標準化作業は、こうした共通認識のもとで国際標準化機関などが進めており、あえて取り上げられるステージではなくなっていますね。空気のようになっていると言えるかもしれません。
田口 そうですね。たとえば私がお客様の工場に訪問して感じることとしては、実際に変わっているのかな?ということも、多分にあるのですが。これも、別の意味で空気のようになっていると言えるのでは。
川野 実際にどれくらい実践されているかは様々です。ある意味、二極化してしまっているのが実態といえます。
田口 私も同じ印象です。
川野 たとえば、大企業がインダストリー4.0のコンセプトに沿ったスマートファクトリを新設するような場合は、事例としてあまり外に出てきません。たとえば、ドイツの自動車メーカーが新しい工場を中国に建てる場合は、すべて最新鋭にしてつながる機械で、データをすべて取れてリモートでも対応できるというように、ありとあらゆる最新のテクノロジーが投入されています。
理想的なスマート生産システムが最初から入っているので、もはや手を加える必要もないし、あとは稼働させるだけということになります。理想を現実化する段階なので、あまり注目されたくないという面もあります。
もし何らかの動きがあるとすれば、導入する設備はこれこれの規格に準拠してくださいねとか、自社のサプライヤー向けに仕様として指示するくらいで、公にアナウンスする訳ではありませんから。設備メーカーさんは粛々とそれに対応しないと買ってもらえないので、「ちゃんと対応します」みたいな感じですね。
田口 それはありますね。印象的な出来事としては、umati(ユマーティ)にとにかく対応しないと、ヨーロッパで機械を買ってもらえないのだと、大急ぎで対応しないといけないということが何年か前にあったのでよく覚えています。そうでなければ、ハノーバーメッセで商品を展示できないということで、日本の機械メーカーさんが大慌てで実装していました。私たちはベンダーとしてご支援はしましたが、実際にはどうなのでしょうね。
川野 標準化の動きも、二極化してしまっていますね。umatiは、「Universal Machine Technology Interface」の略で、工作機械の共通のインターフェース規格のことですが、実は2020年4月に略語を変えないまま、「Universal Machine Tool Interface」から、「Universal Machine Technology Interface」に標準化の対象が拡張されています。略語はそのままですが、これ「以前」と「以後」のumatiは違うのですね。
世界で進む標準化に対応できる、柔軟な制度とは
――二極化とは、標準化における二極化と、新しくスマート化している仕組みを取り入れている生産現場とそうでないところの二極化とが、それぞれあるということですね。標準化自体が複雑になっていることが原因なのですか。
川野 そうですね。端的に言うと、理想的な世界というのはきれいにモデル化することなので、欧州の人が得意なところです。新設の最先端の生産現場では、うまく取り入れていますね。でも、本当に難しいのは既設の設備をレトロフィットさせて、新しい標準に対応させることです。日本の製造現場ではそれを頑張って進めているところもあれば、お手上げになっているか、そもそも興味がないという現場もあります。
田口 法律など関連する制度も絡みますね。機械を日本で購入した場合は償却期間が長いのです。つまり償却期間を終えるまでは、どうしても使わないといけないという事情があるために、新しい機械を買えば問題が解決する部分が一定数あるのですが、それがしづらいのです。国によっては、最新の機械でも3年で償却するところもあります。そうなると戦えないですよね。
川野 その一方で、日本の小さな生産現場は、償却期間20年が終わってからがようやく儲かる、みたいな話になるわけです。そこからどれだけ延命させるのかというのが、一つの目安になっている面もありますよね。
インダストリー4.0の文脈で言いますと、スマートファクトリー化のなかでスマートコントラクトやリアルタイムモニタリングなどをきちんと行うことで、機械がどれだけの付加価値を生み出しているのかを、ワーク単位できちんと算出しようという考え方があります。現実的にはまだアイデアの段階ですが。
どれだけの価値の材料を投入して、電気の使用量はどれくらいで、また機械をどの程度消耗させて生産しているから、個別にコストも原価もわかる。そうすることで、「機械が何年で償却されるか」ではなくて、「加工品個別の直接原価がいくらなのか」をきちんとモニタリングできれば、それに合わせた課税をしていけばいいのではないかという考え方です。
つまりポイントは、「本当に機械を使い切ったのかどうか」というよりも、「機械をどれくらい使っているのか」。ここに着目して柔軟に対応することで、実態に沿った税制を制定することができるでしょうという議論が、ドイツではあったほどです。柔軟な発想に基づく欧米の考え方と、いや20年経ってからが勝負だ、という日本の現場と。象徴的な対比だと感じました。