小野塚様インタビュー

日本の基幹産業である製造業にも、デジタルトランスフォーメーション(DX)の波が押し寄せています。そして注目すべきは製造業の根幹である「サプライチェーン」にも新たな動きが見えてきた点です。今、企業の次世代サプライチェーンの考え方として注目されている新たなキーワードが「サプライウェブ」です。

今回は「サプライウェブで実現するマスカスタマゼーション時代の企業戦略」をテーマに、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)取締役CTOの田口紀成氏とCCTのアドバイザーでもある東芝の福本勲さんのお二人がローランド・ベルガーの小野塚征志さんを招き鼎談を行いました。

左より田口 紀成氏(株式会社コアコンセプト・テクノロジー)、小野塚 征志氏(株式会社ローランド・ベルガー)、福本 勲氏(株式会社東芝)
左より田口 紀成氏(株式会社コアコンセプト・テクノロジー)、小野塚 征志氏(株式会社ローランド・ベルガー)、福本 勲氏(株式会社東芝)

<鼎談メンバー>

田口 紀成氏
株式会社コアコンセプト・テクノロジー 取締役CTO兼マーケティング本部長
2002年、明治大学大学院理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。自動車部品製造、金属加工業向けの3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru(オリヅル)」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTを研究。2015年に取締役CTOに就任後はモノづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画・開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織・環境構築を推進。
小野塚 征志氏
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士総合研究所、みずほ情報総研を経て現職。
サプライチェーン/ロジスティクス分野を中心に、長期ビジョン、経営計画、新規事業開発、M&A戦略、事業再構築、構造改革、リスクマネジメントをはじめとする多様なコンサルティングサービスを展開。
経済産業省「持続可能な物流の実現に向けた検討会」委員、内閣府「SIP スマート物流サービス 評価委員会」委員長などを歴任。
近著に、『DXビジネスモデル -80事例に学ぶ利益を生み出す攻めの戦略』(インプレス)、『サプライウェブ -次世代の商流・物流プラットフォーム』(日経BP)、『ロジスティクス4.0 -物流の創造的革新』(日本経済新聞出版社)など。
福本 勲氏
株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」、「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なウェブコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他ウェブコラムなどの執筆や講演など多数。(所属及びプロフィールは2023年3月現在のものです)

目次

  1. CASEが及ぼす自動車の在り方の変化
  2. EVはパソコン同様にパーツの組み立てで作る時代がやってくる
  3. サプライチェーンからサプライウェブへの変化
  4. サプライチェーンのウェブ化で到来するビッグチャンスを生かす
  5. 作るだけの製造業から、使われ方までも思考する製造業へ

CASEが及ぼす自動車の在り方の変化

田口(以下、敬称略) 前回福本さんとESGの話をした時に、今後のサプライチェーンには従来のように堅いものではなく、もっと「柔らかさ」が必要ではないかという問題提起をしました。ただ、その実現にデジタルが貢献できると提言したところまでで終わっていました。ここで、新たな形として登場するのがサプライウェブという概念です。私自身がサプライウェブにピンときたので、この場を設定しました。まずはその背景をお聞きします。

福本 前回の鼎談ではESGを取り上げました。化石燃料からカーボンニュートラルへ、リニアエコノミーからサーキュラーエコノミーへといった不可逆的な移行に伴い、地球環境問題への意識が高まると、サプライチェーンのあり方も変化していくと考えます。垂直統合型・集中型から、網目状につながった分散ネットワーク型へと移行していくイメージです。その結果、サプライチェーンからサプライウェブへの移行も進むと考えています。

自動車業界に目を向けると、数年前から自動車産業に起きている変化として、CASE(Connected、Autonomous、Shared&Service、Electric)と呼ばれる新しい概念が話題になっています。自動車をEV化していくという変化はもちろんですが、自動車産業や周辺の産業を変えていくものでもあります。例えば、EV化をすると、自動車が走るときに温室効果ガスは出なくなりますが、EVに与えている電力を発電するときに温室効果ガス排出にも目を向けなければいけません。

効率的に自動車を走らせるために、信号機などの社会インフラをより充実させて、歩行者がいない場合は自動車にとっての青信号の点灯時間を長くするといった制御ができれば、温室効果ガスの排出抑制などを含めた社会全体の効率化が図れます。しかし、実現するためには、従来自動車の製造に関わってきたプレイヤーとサプライチェーンだけではおそらく実現できません。そうしたデジタルトランスフォーメーション(DX)を通じて、産業の構造変化が起きると考えています。

鼎談レポート
「今後のサプライチェーンには従来のように堅いものではなく、柔らかさが必要ではないかという問題提起をしました。ここに新たな形として登場するのがサプライウェブという概念だと思い、今回その背景をお聞きします。」(コアコンセプト・テクノロジー 田口氏)

田口 いろいろな自動車の在り方が出てきていますね。ESGやサステナビリティを実現する世界では、ものをつくる過程だけでなく、ユーザーの視点、使用による結果を踏まえて考えていくことがトピックとなっています。ここで、使う側の景色に焦点を当てようと思います。

EVはパソコン同様にパーツの組み立てで作る時代がやってくる

小野塚 CASEについて、電気自動車が増えれば、ガソリンスタンドが不要になる、カーシェアが増えれば自家用車が減る、火力発電の問題はあるにせよ目先ではカーボンニュートラルが進むといった指摘があります。そうした中、私は今回のテーマであるサプライチェーンに大きな衝撃が走ると考えています。

EVの特徴は、エンジンが不要であるなど製造が簡単になることです。実際に中国にEVメーカーが次々と生まれているのはそれが理由です。従来の自動車製造は、自動車メーカーを中心に、資材などの調達網を形成し、少なくともモデルチェンジがあるまでは調達先を固定化するのが一般的です。しかし、EVは、モーターがあれば動くもの、極論すると「ミニ四駆」にも例えられます。3年では無理でも、10年、20年後はパソコンと同様に組み立てれば作れるようなものになる可能性があります。

福本 私は2つの論点があると考えています。1つ目はゼロベースでプラットフォームをEVに最適なものにすることで、従来とは明らかに作り方が変わっていくと考えられることです。2つ目はインターフェースが標準化をしていけば、パソコンと同様のビジネスモデルになり得るということです。メインの機能以外はサードパーティ企業が供給するものを組み合わせ、ユーザーの希望に添ってカスタマイズして供給されるといった仕組みになっていく可能性もあると思っています。

小野塚 おっしゃる通りです。「組み立てれば自動車がつくれる」となった時に、調達のためのサプライヤーを固定する必要があるのかという議論になります。「今月は安いとこから調達しよう」と考えるのが自然です。販売側も同じです。今はメンテナンスや車検などを考慮して自動車メーカー系のディーラーから自動車を購入する人が多いかもしれませんが、壊れたらモーター、バッテリーなどを取り替えればいいとなると、現在の家電と同じイメージになります。かつては家電も、地域に根ざした小規模の家電店で購入する時代がありました。

一方、現在は量販店であるヤマダ電機やヨドバシカメラあるいはECで買うのが主流になっています。自動車も20年先にはそうした店舗で買うことになるのではないかという指摘があります。調達先を柔軟に変えるような取引関係でないと、ビジネスとして成立しなくなるのではないかということです。

もう1つお話しを紹介します。皆さんが自動車を購入する際には、他人からの見え方、乗り心地など詳細を気にすると思います。一方で、タクシーに乗る際に「かっこいいタクシーに乗りたい」とか「この色のタクシーがいい」などのようにはあまり考えないでしょう。同様に、カーシェアの時代が到来することについて考える時に、私だったら、家の近所にあって、雨の日でも歩いて30秒で到着できるカーシェアサービスがあればそれを選ぶと思います。

田口 そうですね。私もそちらを選びます。あくまでも自動車は移動手段と考えます。

小野塚 そうなった時に、たくさんの車種が本当に必要ですかという疑問が湧きます。T型フォードの時代に戻って考えた方がいいのではないか、となります。大量に作って、頑健で、燃費がまずまず良いものを標準化して大量生産する。標準化されていれば、モーターやバッテリーも手軽に交換できます。その時に、現在のサプライチェーンって必要なのかという議論が出てきます。現在の自動車はつくりが複雑だからこそ、サプライチェーンの管理が大変といわれています。

カーシェアにおいて、乗り心地とか走行性、燃費などを細かく確認するでしょうか。家から近いとか、経済的であるといった基準になるのではないでしょうか。その際に、自動車メーカーが一生懸命に取り組んでいるモノづくりってどんな価値があるのかという見方が出てきます。Mobility as a Service(MaaS)の時代にも、もちろんいいクルマを作ることは大事なのですが、それよりもユーザーにとって便利な場所とタイミングでサービスを提供するサプライウェブの考え方が重要になるというのが、私の立ち位置です。

鼎談レポート
「自動車メーカーはMobility as a Service(MaaS)の時代には、もちろんいいクルマを作ることは大事なのですが、それよりもユーザーにとって便利な場所とタイミングでサービスを提供するサプライウェブの考え方が重要になると私は考えます。」(ローランド・ベルガー 小野塚氏)

サプライチェーンからサプライウェブへの変化

田口 サービスとして、体験として届ける時に、最適なものは何かと考えた時、サプライチェーンの在り方は一様ではないですよね。自動車自体は一種類かもしれないけれど、届け方やサービスは全然違う可能性があるという前提に立たないと、大局を見誤ります。

次に話したいのが、サプライチェーンに期待される変化です。ここでチェーンから ウェブへという話になります。柔らかいサプライチェーンが必要と話していたのですが、さらにコンセプトを先に進めていきます。ここは『サプライウェブ』という書籍も出されている小野塚さんに教えていただきたいです。

小野塚:チェーンからウェブへと言ったとき、自動車の話をしてきましたが、実際には自動車に限りません。例えば、白物家電でも、ハイアールは、冷蔵庫の扉の色や大きさを組み替えられるマスカスタマイゼーションでの販売を上海で開始しています。アパレル、薬品、食品などいろんな形が出てきています。作って卸して販売するといった従来型の一直線の流れではない取引が増えています。チェーンであることのメリットは、いつも同じ調達先で同じ販売先だから、自動車メーカーがこのパレットを使いましょうといえば、みんなが使って便利になるということです。でも、そうではなくなるわけです。今まで取引がなかった企業からモーターを調達して、届け先は(カーシェアのクルマがある)駐車場ですと伝えることもあるでしょう。

ウェブ化するとこうして取引先が増えるわけです。サプライチェーンの世界がインターネットのような世界になるわけです。そういう時代になった時に、従来のサプライチェーン構成企業が共通して使っていたパレットを、新しい取引先が率先して使ってくれるかどうかは分かりません。

最も重要なのは、誰もが使えるプラットフォームが必要だということなのです。インターネットもそうです。誰かがウェブブラウザやYouTubeというアプリを作ってくれて、みんなが便利に使えるように提供してくれたから普及したのです。YouTubeで言えば、動画を作っているのはYouTube自身ではないですね。配信したい人が配信して、見たい人が見るといったネットワークのハブのような存在がなければ、サプライウェブは成立しないでしょう。

いきなり全部をウェブでつなげられるかというと難しいでしょう。なので、いくつか切り口があると思います。1つ目は、さまざまなところから調達する時に、要求するスペックの製品の売り場所、在庫の有無、工場の稼働といった情報や、その商品を求める企業がどこにいるのかといったことがデジタルでつながって可視化されていれば、売りやすいですね。そのため工場サイドのプラットフォームが1つの軸になります。

2つ目としてロジスティクスも重要です。サプライウェブになってもロジスティクスは変わらないのではという声もありますが、変わるのです。サプライチェーンの場合、いつも同じ場所を行き来することが多かったわけです。しかし、サプライウェブの場合は、行き先はいろいろあり、毎日のように変わります。変種変量生産になるからこそ、1回当たりに扱う量も減るのです。それなら、トラックもシェアした方がいいですね。そうなると、空いているトラックや空きスペースをシェアできるロジスティクスのプラットフォーマーも必要になります。

田口 タイムリーに運べるからこそ在庫を抱える必要がなくなり、運ぶ量が減るわけですよね。

小野塚 その通りです。さらに、ユーザーという最後の軸があります。今ならディーラーを通じて乗り心地はどうですかと聞けます。将来、駐車場にだけクルマを置かれたりすると、乗り心地や使い心地といった情報が入ってこなくなります。そのため「作る」方も「使う」方も、ネットワーク化する仕組みが必要になります。さらに「作る」と「使う」をつなぐ存在が必要です。それを実現する存在がプラットフォーマーなのです。

田口 ユーザー側も多様化しています。カーシェアの場合も、クルマの中で寝るために利用する人もいるくらいです。使い方がフィードバックされて、通常は適切なサービスへと変わっていきます。新しいサービスにつなげていくためのきっかけになるのです。その情報がより早く届くようにするためには、チェーン経由ではなくて、タイムリーにウェブでユーザーに届くという形が理想的です。

鼎談レポートシリーズ
ローランド・ベルガー小野塚氏の著書「サプライウェブ 次世代の商流・物流プラットフォーム」にはコロナ禍や様々な災害で露見したサプライチェーンマネジメントの限界とそれを解決する新たなる手段となるサプライウェブを提唱している。

サプライチェーンのウェブ化で到来するビッグチャンスを生かす

小野塚 ここで、私が視聴者の皆さまに申し上げたいのは「ビッグチャンスです」ということです。