
日本の宇宙開発が新たなフェーズに突入しました。これまで国家主導で進められてきた分野に、近年は民間企業の参入が相次ぎ、スピード感と効率が求められる時代へと移行しつつあります。そんな中、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙戦略基金の技術開発課題において、実施機関に選ばれたのが株式会社INDUSTRIAL-Xです。製造業を中心にデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援してきた同社は、衛星開発の現場にも「標準化」と「デジタルツイン」のノウハウを持ち込み、宇宙産業の構造改革に挑みます。
本記事では、INDUSTRIAL-Xの八子社長と事業開発リーダーの安藤氏にインタビューを実施。同社が構想する「スペース・ツイン®️」の詳細と、日本の宇宙産業が直面する課題、そしてその打開策について語ってもらいました。
目次
創業の原点にある強い危機感!生産性低迷の日本を変えるために

― まずは、INDUSTRIAL-Xがどのような会社なのか教えてください。
八子社長(以下、敬称略) 当社は2019年に設立され、間もなく創業6周年を迎えます。設立の背景には、日本の将来に対する危機感がありました。例えば、日本の労働生産性は低く、平成の30年間で国際競争力が大きく低下。産業界の課題は山積しています。これらの課題をDXで解決することが私たちの使命です。
― 貴社の強みはどのような点にあるとお考えでしょうか。
八子 従来のコンサルティングは属人性が高く、担当者によって成果や品質にばらつきが出るのが課題でした。そこで私たちは、コンサルティングのプロセスそのものをフレームワークとして標準化し、それをツールやAIに実装しています。私たちの最大の強みは、「標準化」によってDXを再現性のある仕組みとして実装できたことです。
例えば、業界や企業の情報をもとに、初回の打ち合わせで課題マップとあるべき姿を提示できる「境目課題フレームワーク」は、100以上の業務プロセスと課題を整理・構造化した成果です。この知見を活用し、「InduStudy」や「DX plus」といったサービスでは、提案書の作成や業界分析といった時間のかかる作業を、高速かつ高精度で行えるようになりました。こうした仕組みにより、担当者に依存せず、誰でも一定の成果を出せる体制が整っています。さらに、ツールの活用は社内の人材育成にもつながり、クライアント企業の自走支援にも貢献しています。
― その「標準化」は、具体的にどのように進めているのでしょうか。
八子 私たちが進める標準化は、「再現性のある成果」を生み出すために、コンサルティングのプロセスそのものを構造化することに重点を置いています。その基盤となっているのが、これまでに100を超えるDXプロジェクトの中で蓄積された、業界ごとの課題や成功事例のデータです。この膨大な知見から、共通するパターンを抽出し、標準化のエッセンスとして整理・体系化しています。
宇宙開発の新常識!スペース・ツイン®️で日本の遅れを巻き返す

― 今回、JAXAの宇宙戦略基金の実施機関として採択されましたが、宇宙産業への参入は以前から検討されていたのでしょうか。
八子 はい。宇宙開発は、地球環境問題や資源制約を背景に、世界的に大きな盛り上がりを見せています。従来は国家機関が中心でしたが、近年ではSpaceXなどの民間企業が台頭し、MBD(モデルベース開発)=シミュレーションベースでの設計・開発を推進することで、開発期間の短縮やコスト削減を実現しています。
当社でもこうした流れを踏まえ、創業初期から「スペース・ツイン®️」という宇宙開発におけるデジタルツイン構想を温めていました。地球上でのビジネス展開だけでなく、宇宙空間においても当社の技術やノウハウが貢献できると考えており、今回の採択はその構想実現に向けた大きな一歩です。
― 日本の宇宙産業、特に衛星開発においてはどのような課題があるのでしょうか。
八子 最大の課題は、開発期間の長期化と高コスト体質です。例えばSpaceXはロケットを約2年半、小型衛星ならさらに圧倒的短納期で開発すると言われていますが、日本では同じ工程に数年を要しています。これは明らかに国際競争力の低下につながっています。
日本では、詳細な設計図に基づいて物理的な試作品を製作し、厳密な試験を何度も行う「慎重な検証プロセス」が主流です。一方で、海外の先進企業は、シミュレーションによる設計検証を重視し、試作を最小限に抑えるアプローチを採っています。さらに、日本では衛星開発の標準化が進んでおらず、プロジェクト間での共通基盤が不足しているため、汎用的な部品やプラットフォームの活用が進んでいません。納期やコストの面でも課題が残ります。

― JAXAは宇宙戦略基金を通じて、どのような狙いを持っているのでしょうか。
八子 この基金の狙いは、日本の宇宙開発を現代のスピードと効率に適応させることです。特に、NewSpaceと呼ばれる宇宙ベンチャー企業のスピード感と効率性を日本の宇宙開発に取り入れることを目指しています。JAXAは、DX推進やプラットフォーム構築で実績を持つ当社のような外部の専門企業と連携し、新たな視点や手法を導入する方針です。
― その中でINDUSTRIAL-Xはどのような役割を担うのでしょうか。
八子 衛星開発には「競争領域」と「協調領域」があります。競争領域では各社が独自の技術を競い、協調領域では標準化を進めて、業界全体の効率化を図ります。当社は、この協調領域において業界全体の基盤となる標準化の推進を担います。具体的には、衛星アーキテクチャの共通化や開発プロセスの基本方針を策定し、三菱電機やNECといった主要メーカーと連携して2025年4月から1年程度をかけて実現可能性調査(FS)を行います。
― 改めて「スペース・ツイン®️」構想について詳しく教えてください。
安藤氏(以下、敬称略) 「スペース・ツイン®️」は、デジタルツインの概念を宇宙開発、特に衛星開発に応用するものです。デジタルツインとは、現実世界の対象をサイバー空間に高精度な仮想モデルとして再現し、設計や運用の判断を支援する技術を指します。この構想では、衛星の設計情報や製造プロセス、運用時の各種データを統合し、ひとつの仮想モデルとして構築。物理的な衛星を製造する前の段階で、さまざまな環境条件下での性能や耐久性をシミュレーションできるようになります。いわば、MBD(モデルベース開発)を実現するアプローチであり、製造段階での手戻りを最小限に抑えるとともに、開発期間の短縮やコスト削減にも直結します。
このアプローチはまさにNewSpace企業が実践しているもので、私たちはそれを日本の宇宙産業にも根づかせていきたいと考えています。
標準化と協調で切り拓く日本の衛星開発改革への道

― 現在、実現可能性調査(FS)はどのようなスケジュールで進んでいますか。
安藤 当社は2025年2月28日、衛星メーカー間における衛星アーキテクチャの共通化と開発プロセスの効率化に関する実現可能性調査(FS)の採択を受けました。FSの期間は2025年4月から1年程度を予定しており、NECや三菱電機などの主要な衛星メーカーと連携し、他業界や海外の事例を踏まえながら意見交換を行い、協調領域の標準化に向けた議論を進めます。
― 調査を進める上で、どのような課題が想定されますか。
安藤 衛星メーカー各社は競合関係にあるため、機密性の高い情報の共有や既存の開発プロセスの変更に対して抵抗が生じる可能性があります。特に、防衛にも関連する技術要素は機密性が高く、情報開示に関するハードルが高いことが課題です。また、各社が長年培ってきた独自の技術や設計思想を持っており、アーキテクチャの標準化には困難が伴うと予想されます。
― そのような課題にどうアプローチしますか。
八子 私たちは、自動車業界など他産業で進んでいる共通アーキテクチャの事例を参考にしながら、衛星開発にも応用可能な設計思想を機能単位で抽出し、共通項として整理していきます。また、各社が技術を出し渋ることがないよう、クロスライセンスの活用なども視野に入れ、フェアな協調関係を築けるよう調整していく方針です。
― 周囲を巻き込んで成果を上げる秘訣はありますか。
八子 開発期間の大幅な短縮とコスト削減を実現した先にあるビジョンを示すことだと思います。例えば、これまで5年に1機しか製造できなかった衛星を、1年半に1機のペースで製造できる可能性があります。その結果、より多くの衛星を生産し、国内外の需要に迅速に対応できるようになり、日本の衛星ビジネスの規模拡大に貢献できます。また、製造期間の短縮により、受注機会が増加し、国際的な競争力向上にもつながるでしょう。
宇宙産業の未来と日本のモノづくり

― 今回のプロジェクトは、日本のモノづくり全体にとってどのような意義があるとお考えでしょうか。
八子 日本には世界に誇る高い技術力を持つ中小企業が数多く存在します。しかし、時代の変化とともに、一部の業種では仕事が減少する可能性もあります。特に、自動車産業のEV化は、金属加工業に大きな影響を与える可能性があります。しかし、宇宙産業には新たな可能性が広がっています。衛星開発をはじめ、宇宙空間での様々な活動には、精密加工技術や高度な製造技術が不可欠です。今回のプロジェクトを通じて、これらの企業が宇宙産業へ参入できる道筋を示し、日本のモノづくり全体の活性化に貢献したいと考えています。
安藤 これまで高い技術力や資金力が求められていた宇宙産業の参入ハードルが下がり、中小企業やスタートアップにも大きなチャンスが広がります。思いもよらない分野から、宇宙ビジネスへの新規参入が相次ぐ可能性もあります。たとえば、「この企業が宇宙に関わるの?」と驚かれるような、新しいプレーヤーの登場にも期待しています。
― 最後に、宇宙戦略基金のプロジェクト成功に向けた意気込みをお聞かせください。
八子 今回の実現可能性調査(FS)が成功すれば、次の段階として、提案された標準化手法を基に、実際に衛星を開発・製造する5年間のプロジェクトが想定されています。この長期計画は、単なる調査に留まらず、日本の衛星開発のあり方を根本的に変革する意志の表れです。当社は、この変革の過程で重要な役割を果たし、「スペース・ツイン」構想で日本の宇宙産業の発展に貢献したいと考えています。